第89回アカデミー賞授賞式が2月26日に開催される。昨年は、レオナルド・ディカプリオが悲願のオスカーを手にするかで賑わったが、今年は、そうした超大物スターの賞取り合戦の気配がない。本原稿を書いているのがクリスマスというタイミングゆえに、まだオスカーはおろか、各組合のノミネートさえ出揃っておらず、どちらかというと候補入り予想となりそうだが、なんとか受賞者の予想も立ててみよう。
「Silence」の受賞の可能性は?
長年、辛酸を舐めていたスコセッシ監督のシニアになってからの快進撃には目をみはる。2003年の「Gangs of New York」、05年の「The Aviator」、07年の「The Departed」と隔年のタイミングで候補入りし、「The Departed」で念願のオスカーを手に入れた。その後も「Hugo」と「The Wolf of Wall Street」で監督賞と作品賞の候補に挙がり、老いて益々磨きがかかっている。そんなスコセッシが構想28年の末に映画化を実現させたのが、遠藤周作の小説「沈黙」が原作の「Silence」。何度も暗礁に乗り上げながらも諦めることなく熱意を持ち続けただけあり、渾身の一作となっている。鎖国時代の長崎を舞台に、キリスト教の布教にやってきた聖職者の壮絶な運命を描く本作は、宗教の持つ力、「信じる」ということについて深く考えさせられる映画だ。筆者は、残虐な拷問よりも、宗教が持つ洗脳力におののいた。キリスト教徒の多いアメリカだが、ハリウッドはユダヤ教人口が多い。宗教色の強い本作が作品賞を贈られるのは厳しいかもしれない。日本人としては、強烈な存在感を見せたイッセー尾形、複雑な役を見事に演じきった窪塚洋介、そして、リアルすぎる演技で観る者の心を揺さぶった塚本晋也の活躍をハリウッドが認めないわけにはいかないだろうと思っている。
多くの部門を制する可能性大な作品
これまで、いろいろな映画を観てきたが、「かしこい! 参りました~!」と心の中で深々と頭を下げる作品に出会うことは滅多にない。特に近年、そうした映画にはとんとご無沙汰だった。単なるSF映画だと思って試写に行った「Arrival」には心底驚かされた。言語、文化の違う相手との衝突が絶えない現実社会への提言をSFというオブラードで包み込み、相互理解、外見にとらわれない寛容の大切さを改めて考えさせられると共に、「時間」についての新しい概念に目覚めさせてくれる。そして、最後に用意されたどんでん返し……。脚本の素晴らしさ、美しい映像、複雑な展開を巧みにつなげた編集は、オスカーに選ばれるべき才能ばかりだ。
主演女優賞は、再びストリープ?
「Arrival」からは、主演女優賞の最有力候補者も出るだろう。同作のヒロインに扮したエイミー・アダムスの演技は同業者のお墨付きで、俳優組合賞にノミネートされている。アダムスはまた、「Nocturnal Animals」でも卓越した演技力を見せており、オスカーに王手をかける材料となっている。
しかし! アダムスの強敵となるのは、「Florence Foster Jenkins」のメリル・ストリープだ。ストリープは、2016年現在で、俳優としては最多の19回のオスカー候補歴を誇っているが、今回もその記録を更新するのは確実。同作では、これまで以上に、「どうしてここまでなりきれるのか? 自然に見える演技ができるのか?」と心の底から思ってしまった瞬間が何度もあった。受賞は厳しいが、候補入り確実と思われる「20th Century Woman」のアネット・ベニングの自然な演技にも筆者は魅了された。
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