第59回 9歳の壁と日本語幼稚園

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

 小学校では3年生から4年生、年齢にすると9歳くらいから急に学習内容が難しくなると言われる。俗に言う「9歳の壁」だ。言語にも同じく9歳の壁は存在していて、その年までに習得した言語に対してはネイティブとしての勘が備わるらしい。つまり、大人になって必死に言語をマスターしたとしても、語学の天才でない限りは、無意識な間違いを犯してしまうのだそうだ。これは私の個人的見解ではなく、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の日本語学科の教授に聞いた話。その教授は、彼女自身が子どもを育てる時に次のようなことを実践したそうだ。

 アメリカで生活する限り、英語は身につく。そこで家庭内の使用言語を日本語で徹底。そうすることで、その教授の子どもたちは日英のバイリンガルに育った。

 さて、我が家の話。今、日本で生活している長男のノアは、3歳まで日本語のベビーシッターにお世話になり、3歳から日本語の幼稚園、4歳から現地のプレスクールで土曜は日本語幼稚園、さらに現地校と週末は日本語学校に通った。一方のニナは3歳まで同じく日本語のベビーシッター、3歳から現地のプレスクール、その後、小学校時代に3年間だけ週末に日本語幼稚園に通ったが基本的に学校では英語の生活。二人とも家庭内の会話は日本語で徹底した。

 二人の違いは、ノアの方が9歳までに日本語に触れた時間が絶対的に多いということ。ノアと会話していると日本語に不自然な点は感じられない。一方、ニナに何度注意しても間違えることがある。ひとつは「今、イヤーブックを受け取るための線に並んでいる」などと言ったりすること。「線」ではなく「列」。彼女は頭の中にあるlineをそのまま訳しているのだろう。さらに躓いた時に「落ちた」と表現する。本来なら「転んだ」だ。頭の中にはfallという単語が浮かんでいるはずだ。

母国語の基礎

 なぜ、こういう話をしているかというと、ノアにとっての初めての日本語教育機関であるS幼稚園の閉園のニュースが、6月に飛び込んできたからだ。ノアは3歳から同園の全日制クラスに通い、4歳以降は土曜日クラスに籍を置いていた。

 仏教系の幼稚園以外では、S幼稚園がロサンゼルスにある日本語幼稚園のパイオニアだった。ノアがベビーシッターを卒業して、集団生活を始める時にいきなり現地のプレスクールに入れる選択肢ももちろんあった。しかし、英語での生活と集団生活を同時に初体験するよりも、まずは日本語での集団生活から、と思ったのがS幼稚園にノアを入れた理由である。

 当時はフルタイムで働いていたので、朝8時から夕方6時まで預けっぱなし。しかし、一度もトラブルはなかったし、その間に彼の日本語はメキメキ上達し、日本語を使って遊べる友達が大勢でき(実際、4歳のノアの誕生パーティーにはクラスメイト全員が来てくれた)、母国語の基礎も固まった。ノアがあまりにもS幼稚園に馴染みすぎたせいで、6時に迎えに行くと車にすぐに乗り込んでくれず、私はキャンパス内を逃げ回るノアを追いかけまわしては、毎日体力を消耗していた。遠足や運動会、お遊戯大会など今も懐かしく思い出される。担任の先生にも園長先生にも感謝の気持ちしかない。

 当時、S幼稚園の先生に言われ、強く印象に残った話がある。「お母さんの日本語は子どもにとってのお手本です。バキュームをかける、などといった言い方はやめましょう。きちんと掃除機をかける、と言ってください」。最近かなり、私の日本語も怪しくはなってきたものの、時々思い出しては襟を正すようにしている。ノアの母校がなくなってしまったことは残念だが、「母親の日本語は子どものお手本」と言う、あの時の言葉はいつまでも心の中で生き続ける。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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