第72回 「アメリカの学校」が分かる動画

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

最近、アップされるのが楽しみなYouTubeの動画がある。動画作成者は井上ジョーという30代前半の男性。日本人の両親のもとにロサンゼルスで生まれた彼は、バイリンガル(正確には日英以外の言語も操る)、バイカルチュラルな環境で育った経験を生かして、あるチャンネルでは日本語で英語習得やアメリカの事情を、また別チャンネルでは英語で日本語や日本の事情について紹介している。しかし、ユーチューバーは仮の姿で、本業はミュージシャン。アメリカの高校を卒業後、日本でデビューを飾った。アニメ『NARUTO』のオープニングソング『CLOSER』では、作詞作曲、演奏、そして歌唱とすべて一人でこなしている。

現在はロサンゼルスに戻っている彼を探して取材してほしいと依頼されたのは、今年の3月頃だった。日本の大手英語教育機関が発行している雑誌の編集者から、「外国語習得」をテーマにインタビューするようにとのミッションが下ったのだ。しかし、その時は彼の名前さえも聞いたことがなかった。動画サイトで調べると『CLOSER』の曲が出てきた。あれ、これは? 『NARUTO』の大ファンだった長男ノアのCDを車で何度も聞かされた、あの曲ではないか。そのノアはアニメ好きが高じて、日本に行ってしまった。そこでニナに聞くと「え? 井上ジョー、知らないの? 知らないで曲聞いてたの?」と呆れたように言われた。

さて、ジョーさん(ここから急に「さん」付け)にはFacebook経由で取材依頼のメッセージを出してみたが、返事がなかった。返事を待つ間、片っ端から、彼のアメリカ事情に関する膨大な数の動画を見始めた。視点がおもしろい。頭の回転が早い。なかでも印象的だったのは、高校時代のエピソードの数々。生徒間のヒエラルキーに関する「アメリカのスクールカーストを説明する」や、タイプ別に高校教師をモノマネした「アメリカの学校にいる先生のタイプ」などの動画は秀逸だ。観察眼、表現力、さらにアメリカの学校で体験したことを日本語で的確に表現できる言語能力があるからこそ。

子どもの置かれた環境

私自身は、日本で社会人も経験した20代後半で渡米してきたので、アメリカで学校に通ったことがない。しかし、ジョーさんと同じく、ここで生まれ育った子どもたちの話や、ボランティアとして足を運んだ現場で見てきたことで、学校の雰囲気は掴んでいるつもりだ。だから、ジョーさんが臨場感たっぷりに動画を通して伝えてくれる様子に賛同しながらも、当事者として細かく表現してくれることで、さらに子どもたちが置かれた状況を深く知ることができる。

「アメリカにいる日本人の日常会話モノマネ」には爆笑した。日本語と英語が交互に出てくる。また「アメリカには何もない。テレビもつまらない。早く日本に帰りたい」といかにも駐在員の子どもたちが言いそうな言葉も飛び出す。

そこからも分かるように、彼の高校には駐在員家庭の子どもたちも通っていたらしく、「アメリカの学校で英語がしゃべれないとどうなるか」だとか「帰国子女が日本に帰ってから粋がっているように見えるのはなぜか」「ネイティブと帰国子女の発音の違い」といったことについても解説している。配慮が感じられるのは、必ず前置きで「僕の経験や聞いた話で喋っているので、結局は人による」と断りを入れる点。

そして、一番印象的なのは「アメリカでは常に戦い。勝つか負けるかだ」と動画の中で彼が繰り返す言葉だ。多様な人種や文化的背景を持つ生徒たちが集まるアメリカの高校で、アジア人としてサバイバルすることの大変さが伝わってくる。こどもをアメリカの学校に通わせている方で、あまり学校の様子が分からない、こどもの置かれた環境が想像できないという方は、ぜひ一度ジョーさんの動画を見ることをおすすめしたい。でも、「結局は人による」のだけど。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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