アメリカで生活するようになって覚えた言葉の一つに「Weekend Getaway」という言葉がある。日常を忘れ、英気を養いに週末の小旅行に出かけることだ。アメリカではビーチリゾート、カジノ、ワイナリー、ゴルフ、キャンプなどが人気だ。なかでもおすすめのWeekend Getawayは、地方のBed & Breakfast(B&B)にのんびりと滞在すること。今回は、ニューヨークエリアから週末に行くことができるB&Bを3軒ご紹介したい。
自然に癒される
バーモント州ウィルミントン
まずは、ニューヨーク地区から車で片道3時間半〜4時間のバーモント州南部、ウィルミントン。州の面積の約75%を森林が占めるというバーモント州は、フランス語で「緑の山」を指す。その名の通り、自然を主体にした観光が主要産業だ。
車が州に近づくにつれ、「チーズとメープルシロップ」「スキーと観光」「アンティークショップとInn」というキャッチフレーズが目に入ってくる。州の人口は全米で2番目に少ない約60万人で、ウィルミントンの人口もわずか500人。しかし驚くことに、その町になんと20ものInnやB&Bがある。冬のスキーシーズンはもとより、秋は紅葉、春は新緑、夏にはブルーベリーフェスティバルといったイベントなどが楽しめる。
ダウンタウンのレストランには川に向かって張り出したデッキがあって、京都の川床のようにも見える。1777年建造のB&B「Nutmeg Inn」も川沿いにあり、とても静かでのんびりした雰囲気。客室の暖炉やていねいに使い込まれた家具の一つひとつに歴史を感じることができる。ホテルらしい受付はなく、気さくなスタッフが世間話をしながら部屋に案内してくれる。
日中はビールを手に庭でリラックスできる。また庭だけでなく、ミーティングルームでビリヤードをしたり読書をしたり、宿の特製クッキーやコーヒーをいただきながらくつろぐことも可能だ。朝は、朝日の降り注ぐ部屋にセッティングされたテーブルで、地元産のメープルシロップや卵を使った絶品フレンンチトースト。窓の外でせっせと花の間を飛び回るハチドリにも出会えるかもしれない。
港町を楽しめる
デラウェア州ルイス
続いては、全米で2番目に小さく、人口も6番目に少ないデラウェア州のB&B。アメリカ50州の中でもかなりマイナーだが、ニューヨークやワシントンDCから車で2時間程度、フィラデルフィアからなら30分と、アメリカ有数の都市部からも意外に近く、アクセスしやすい。
デラウェア州随一の観光地リホーボスビーチの隣にある、人口3000人のLewes(ルイス)。ここにある「John Penrose Virden House」は、19世紀のビクトリア調の建物が歴史を感じさせるが、近くで見ると威圧されるような感じはなく、どこか親しみやすい雰囲気が漂う。19世紀を生きたことも、ビクトリア調の家に住んだこともないが、中に入るとなぜか懐かしさを感じる。
ここでも堅苦しいチェックインの手続きはなく、オーナーの女性が温かく出迎えてくれ、通されたリビングにはワインが用意してあるなどホスピタリティを感じる。宿泊客は1日数組なので、ほかの宿泊客とも親近感が湧き、どちらからともなく談笑が始まる。
ルイスは大西洋に面しており、デュポン社のあるデラウェア州北部とフィラデルフィアに挟まれた海峡の入口にあたる。ニュージャージー州の最南端、ケープメイともフェリーで結ばれている港町だ。ダウンタウンは小さいが、どこか洗練されている。小さな町だが、シーフードやアメリカン、イタリアン、メキシカンなどレストランの数は多く、夕食を取る前後に軽く散歩をするのも心地良い。
さて、John Penrose Virden Houseの朝食は、一つのテーブルを宿泊客全員が囲むというやや緊張するセッティングだ。ここでもオーナーの優しい心配りから和やかに始まり、農業州デラウェアの地元の畑から採れた新鮮素材をふんだんに使った朝食をゆっくりと味わうことができる。
歴史がつまった
ペンシルバニア州マーサーズバーグ
3軒目はニューヨークから車で約4時間、ワシントンDCから約90分の、ペンシルバニア州とメリーランド州との境に近いマーサーズバーグにあるB&B。
ペンシルバニア州は東西に広く、見どころが多い州だ。マーサーズバーグは南北戦争時代のアメリカに縁が深く、北軍が南軍兵士を待ち伏せした場所としても有名だ。第16代大統領リンカーンの演説で有名なゲティスバーグにも、車で1時間弱の場所にある。
さらには、アメリカ有数の文武両道の全寮制共学校名門高校マーサーズ・アカデミーも有名。政界や実業界、アスリートにアカデミー賞受賞俳優(ジェームズ・スチュワートやベニチオ・デル・トロ)も輩出している学校だ。マーサーズバーグ出身の第15代大統領ジェームズ・ブキャナンが住んでいた丸太小屋も、この敷地内に移設されている。
このアカデミーが見える場所に日本人が共同経営するInnがある。100年の歴史を誇る「Mercersburg Inn」だ。もともとは実業家Harry Byron氏所有の邸宅だったとのこと。のちにInnとなり、2018年より新オーナー、しかも日本人オーナーが経営している。
幹線道路から小高い丘に続く門構えの奥に見えるレンガ造りの豪邸は威厳があり、B&Bやホテルには見えない。建物の中に入ると、両側には木造の階段に吹き抜けのロビー。まさに映画に出てくる豪邸そのものだ。
こちらでのチェックインは、その荘厳なロビーで行われる。館内を紹介してもらうと、その当時からのパーラーや図書室など、博物館さながら。アメリカでは歴史的人物が過去に住んでいた場所や邸宅を見学する場所は多いが、ここではアメリカの歴史的な建物に宿泊できるという希少な体験が可能なのだ。
このInnには17の部屋がある。本館に15部屋、別館であるキャリッジハウスに2部屋。小さなこども連れが泊まれるのはキャリッジハウスのみだ。主人のHarry Byronさんの主寝室や奥様のIonaさんの寝室、こども部屋、客用の部屋などすべての部屋の作りが違い、一つひとつの部屋に個性を持って語りかけてくる感じだ。その寝室や浴室のほぼすべてが100年も前からもあるものだと思うと、これまでに感じたことのないような不思議な気分に包まれる。
夕食はByron’s Dining Roomという、このInnの中にある本格的なレストランで取りたい。高級感のある雰囲気の中で出されるシェフ自慢の肉料理や魚料理、パスタなどがワインと一緒に楽しめる。宿泊客以外に地元の人々にも人気なので、予約は必至だ。夜はフルBARのほか、地下にあるレジャールームでビリヤードやエアホッケーなどが楽しめる。
朝食は日当たりのよい部屋で午前8時から取ることができる。シリアルやヨーグルトといったバフェに、日替わりでホームメードのキッシュなどがついている。洋館の歴史の中に身を浸して過ごす時間は、不思議な感覚だ。
都会の喧騒を離れて自然に癒されながらのんびりと過ごすことのできるB&Bは、日本で温泉に行く感じに少し似ているかもしれない。しかし、テレビを置いていなかったり、18歳未満のこども連れは泊まれなかったりと、温泉の趣とはずいぶんと違う。歴史的な建物に宿泊し、昔のような静寂と語らいを楽しむことや、美しい食器に盛り付けられた朝食を時間をかけて楽しむことは、やはりアメリカならではといえるのではないだろうか。
帰りにアンティークショップでお気に入りの食器、家具や装飾品を探すことまでをワンセットにしたWeekend Getawayは、新たな旅の楽しみ方になるのかもしれない。
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