短期集中連載
第3回 続・ポジティブ皮膚科学のススメ
皮膚とにおい

今回は、皮膚とにおいについてお伝えします。

まずは加齢臭ですが、これは皮脂腺から分泌される脂肪酸が酸化して生じる「ノネナール」という物質が主な原因です。抗酸化力が低下することで、原因物質が発生しやすくなるのです。誤解されているかもしれませんが、この加齢臭はいわゆるミドル男性だけでなく、女性にもあります。その対策としては、特に脂漏部位といわれる顔、首、頭、胸、背中などをよく洗うこと、動物性脂肪の多い食事を避けること、運動をして汗をなるべくかくことがポイントです。

最近、日本の大手化粧品会社によって、人がストレスや緊張状態にあると、ネギに似た特有のにおいが皮膚から発生することが発見されました。このにおい成分は「STチオジメタン」と命名されました。この事実を発見した会社では、ストレス臭を抑える商品の開発を進めており、面接やプレゼンテーションといった就職活動を控える学生やビジネスパーソンらにとっては、要注目の話といえるでしょう。

そもそも人間は、1兆種類以上のにおいを嗅ぎ分けられるといわれています。さらに、犬や線虫は、人間には嗅ぎ分けられないがんのにおいを見つけることができると分かっています。がんには特有のにおいが存在すると指摘されており、近年、手のひらのにおいでがんを早期発見するユニークな試みも研究されています。がん特有のにおいが手のひらからしみ出ていることが、その根拠です。

一方で、心地良いにおいは気持ちのリラックスへとつながります。リラックス効果は、皮膚にも良い影響を与えるのです。私は、皮膚とAI(人工知能)などの科学技術について日頃から関心を持っています。近年のデジタル革命によって、スマートフォンで香りが送信できる技術が開発されたことをご存知でしょうか。この技術はハーバード大学の研究成果のひとつです。学問は、ほかの学問領域と融合することによって大きく研究が進むことがしばしばあります。ハーバード大学は、同じくボストンにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)との関係も深く、医学と工学の連携、いわゆる医工連携もそのひとつと考えられます。

私は「ポジティブ皮膚科学」という概念を提唱しています。人々の心を明るく、気持ちを前向きにすることを目的とし、皮膚科学を基軸に、心理学や芸術といったほかの領域と結びつけて応用する横断的なコンセプトです。今、アメリカでは日本やアジアの文化への関心も高まっています。今回のにおいに関する領域なども含めて、私のような日本人皮膚科医の強みのひとつは東洋的発想にあると考えています。

ハーバード大学のサミュエル・ハンティントン教授は、ベストセラー『文明の衝突』の中で、中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教文明、西欧文明、ラテンアメリカ文明と七つに世界の文明を分けています。日本以外は多くの国々に文明がまたがるのに対し、日本文明は、唯一ひとつの国で文明が構成されていると指摘しています。それだけユニークな文化的背景が我々にはあるわけですから、この「ポジティブ皮膚科学」という概念を進めていく方法のひとつが日本文化に根ざした皮膚科学にあると、私は感じています。日本人であるというアイデンティティは自分にとって大切ですし、新元号も令和に決まり、新しい時代への期待も高まります。

皮膚科学は病気だけでなく、美容や化粧品、アンチエイジングなども対象としています。自分自身の皮膚の状態について満足すれば、一人一人の気持ちが明るくなり、その結果として社会も明るくなっていくものと考えます。皮膚科学は病気の予防や治療はもちろんのこと、人々の暮らしを豊かにし、社会をより良くするのに役立つものと確信しています。そして皮膚科学は音楽やスポーツなどと同様に、人に夢や希望を与えることができると信じています。皮膚は自分自身で見ることができ、触れることができる身近な存在なので、本連載を通じ、改めて「皮膚」という臓器に関心を持っていただけたら大変嬉しく思います。

2019年3月1日に、小川徹さんの著書『ハーバード現役研究員の皮膚科医が書いた 見た目が10歳若くなる本』(東洋経済新報社)が発売されました。中国語版も出版予定です。
詳細はこちら
小川徹
皮膚科専門医。アメリカ皮膚科学会会員。ハーバード大学マサチューセッツ総合病院客員研究員。元ロンドン大学セントトーマス病院客員研究員。早稲田大学招聘研究員。元慶應義塾大学研究員。医学博士、MBA、公共政策の修士号を持つ。

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