第73回 明日の家
- 2020年4月5日
- 2020年4月号掲載
最近、自己反省する機会があった。
家の売買を仕事としているので、ありとあらゆる家を見てきている。ここに住めるのだろうかと思うような質素なところから、こんなところに同じ人間が住んでいいのだろうかと、全身から血の気が引きそうになる大豪邸まで。どのような建築物でも、ここをこうすれば改善できるとか、ここがこうなっているからラグジュアリーなんだな、とか、建築物としてのおもしろさがあり、興味は尽きない。自分なりに頭の中で構造を咀嚼し、分析、解釈してゆくのが好きだ。もともと建築物そのものが好きなのだろう。
我々は長い人生の間に、家族構成が変わり、何度か家を住み替える。独身時代は小さなコンド、結婚してこどもができる頃はタウンハウス、収入が増すとついに一軒家を手に入れる。こどもが大学に行く頃、教育費捻出のため生涯で一番大きかった家を売るか、一時金を引き出し、ローンを借り換えるかする。夫婦が老いてゆくと、階段の上り下りが不自由になり、家の掃除さえ億劫になる。こうなると、小さな平屋に移りたくなる。サイズダウンだ。
自分で身の回りの世話ができなくなったら、最後は施設に入らざるを得ないが、それまではなんとか独立した生活を営みたい。終の棲家を探したいとお電話を受けることが多くなった。問題は小綺麗で小さな平屋の数が少なく、なかなか気に入った物件がないことだ。それが見つからなければ今の家も売れない、という膠着状態が続く。
Laguna Woods City というアメリカ西海岸一の大規模なリタイヤメントコミュニティがある。20年前は天井が低く、暗くカビ臭く、ドアを開けただけで息が詰まるものもあった。しかし今は開発業者が内部を完全に改築し、新築同様として売り出し始めて久しい。家探しをしている親について来たこどもたちのほうが、ここに住みたい、と言い始めるほど魅力的に改築されている。それでもコミュニティ全体の雰囲気に、どうも、という方も多い。
ところが最近、時代の変化に直面し、小さなショックを受けることがあった。ビルダーがついに新築の高齢者ホームを一般住宅の中に建築し始めたのだ。老舗大手の会社である。時代の先端をゆくハイテクを駆使し、何もかも携帯電話一つで操作できるスマートホーム。玄関のドアが閉まっているか、隣の部屋の電気を消し忘れていないか、冷房を入れようか、すべて手元のスマホで操作する。内装は、ここはニューヨーク・マンハッタンの摩天楼の一室です、と言われても信じられるデザイン。流行りのマテリアルのフロア、キッチン、広い浴室、タンクレス温水器など、どう見ても若者の住まいだ。が、室内は将来車椅子になっても便利なように段差がまったくない。2寝室、2浴室、2車庫。嬉しいのは1階、2階とも飛び抜けて高い天井。大きな窓から自然光が降り注ぐ。晴ればれとした気分になり、一気に若返る。もう一度生き直せるような。こんなところに住んだら毎日が活動的にならざるを得ない。住空間が作り出す雰囲気に人は左右される。何より驚いたのは、室内に個人のエレベーターが付いていることだ。車庫からエレベーターで2階に上がれば、あとはワンフロアだ。個人のエレベーターなんて、実にカッコイイ。
ただし、ここに住むための必要最低条件は、このスマートハウスを使いこなせること。これからは、引退者ホームでさえスマートホームになる。好きだ、嫌いだと言っていられない。こちらの頭を切り替えなければ時代に取り残される。テクノロジーは敵ではなく、現実である。もう後ろ向きは通用しなくなった。明日に向かって攻めてゆく人生を生涯貫きたいなら、デジタル時代を受け入れる以外ない。ハイテク音痴の自分にそう言い聞かせながら、トボトボと家路についた。
帰宅し、25年間かけて好みの住空間に変えてきたつもりの自分の家をしみじみと見回した。はあ、と大きくため息が出た。何が違うのだろう。何を変えたらいいのだろう。大切なたくさんの本に埋もれた寝室は、私の聖なる休息の場だった。過去の温かい思い出に浸れる場所だ。花々が咲き、小鳥が鳴く裏庭は秘密の隠れ場だった。だが、それでいいのだろうか?
未来の家に住むには、しっかりした存在意識と生きる目的がいる。活力がいる。終の棲家は過去の思い出に温められながらも、最後まで顔を上げ、未知の明日に向かって生きる場であるべきかもしれない。スマートホームは新しいチャレンジを突きつけてきた。
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