フィレンツェの日々
- 2023年10月6日
- 2023年10月号掲載
誰にでもささやかな夢がある。イタリアで長い休暇を取ってみたかった娘家族は、ローマに2週間、ミラノに2週間、そしてフィレンツェに4週間滞在する夢を実行に移した。ほぼ半年前から3カ所で違うAirbnbの家を検索し、予約していた。疑似イタリアン生活をしたいのだという。面白そうだ。3軒の家に住んでみるのはお母さんの仕事のためにもいいよ、と誘われたが、2カ月休むわけにはいかない。やりくりして8月の後半2週半をフィレンツェに滞在することにした。人が死ぬ間際に後悔することは、働きすぎた、もっと家族と一緒に過ごす時間を作れば良かった、もっと旅行すれば良かった、というのが多いそうだ。最後の時が近づいてきた私には他人事ではない教訓だ。行ってみよう。
宿題を一つ出された。LA から一人で、イタリアのボローニャという地方空港まで来なさいというもの。う~む。宿題はどんなものでも、いつでも頭が痛い。過去2度ヨーロッパ旅行の経験はあるが、かなり前の若かりし頃のことだ。今、老いた自分がロンドンのヒースロー空港で乗り換えができるだろうか。あの空港は大きくて分かりにくいと聞いたことがある。それに外国旅行となると、税関やセキュリティのチェックも一段と厳しくなっているだろう。
現実に、LAを出国する時に面食らった。セキュリティの一つに、ランダムに並んだ3人の旅行者が歩調を合わせて歩くように指示され、その後ろを怖くて賢そうな茶色の犬が匂いをかぎながら横切る。麻薬チェックだろうか。人間の異性はダメだが犬にはめっぽう好かれるタチの私は、この犬にも好かれてしまい、彼がクンクン寄って来るのではと緊張した。が、彼は職務に忠実で見向きもしなかった。それから通常のセキュリティチェック。物々しい検査に、清廉潔白でも不安になるのは不思議な人間心理だ。
11時間の飛行を経て、窓際の席からテムズ川が大きな孤を描いて流れ、緑の映える美しいロンドンの街並みが見下ろせた。無事に乗り換え、田舎風景が広がるボローニャ空港に降り立った。
フィレンツェは13~16世紀ルネッサンス時代の美しい大都市だ。3~4階の昔のままの石造りの歴史的な街並みが広範囲集中的に保存されている。500年前にすでにこんなに壮大な都市が繁栄していたとは。石畳の狭い通路が縦横にどこまでも続く。当時は馬車が通った車一台分の幅の石の車道に、人一人通れるだけの幅のボコボコした歩道。車道も歩道も歩きにくい。年寄りは転倒はご法度。ここで転ばないことが私の第二の宿題となった。
世界中から来た観光客は、運動靴を履き、多くは背中に重いバッグを背負い、炎天下を黙々と歩く。すごい数だ。今年は異常気候で、滞在中毎日95~100度だった。午後の最悪の日差しの時でさえ人混みは絶えることがない。それだけの苦労を払っても見るだけの価値は十分ある。美しい街並みに魅了された恍惚感で、皆無言で写真を撮っている。
ドゥオーモと呼ばれる巨大な建築物が目前に現れた時は、息を呑んだ。わああ、こんな美しいものがこの世に存在するのか。アングルをどう変えても全体を一つのフレームに収めることができない。壮大で堂々と威厳に満ち、温かく包み込まれる美しさ。生きているうちに見ることができた幸運に感謝した。
迷路のような街路はいつもピアッザと呼ばれる広場に出る。さまざまなストリートミュージシャンが演奏する生の歌声が響く。オペラのアリア、ジャズ、エルヴィス・プレスリーのソング。歩き疲れた人々は太陽熱の去らない石の階段に座り音楽に聞き入る。やがて宵闇がゆっくり迫る。世界中から来た人々と一緒に、目前に広がる平和で美しい夜を過ごす。今この時にさえ、ウクライナでは殺されたくないたくさんの人々が殺され、人殺しをしたくない人が人を殺さなくてはならない現実がある。誰かの頭にそのことが去来していたかもしれない。だからこそ、この夜の優しさを忘れずにいたい。
人生に一つ一つ忘れられない思い出をつくるなら、フィレンツェで過ごした日々は確実にその中に入る。この世のものとも思えない絶対的な美のドゥオーモに見守られながら、厚い信頼関係のうえに日常の些事を愛し、オシャレを愛し、立ち話を愛するイタリアン。何百年前から今も、同じ教会の鐘の音が彼らのうえに響き渡る。
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