「この映画を作れば
捕鯨は理解してもらえる、という一心」

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

捕鯨問題の謎に迫るドキュメンタリー映画
「ビハインド・ザ・コーヴ」の監督
八木景子さん

Photo © Keiko Fukuda

Photo © Keiko Fukuda

 和歌山県太地町で撮影された反捕鯨映画「The Cove」。同作は大きな話題になっただけでなく、権威あるアカデミー賞を受賞したことで高い評価も受けた。しかし、捕鯨に携わってきた日本人たちが一方的に悪者にされた作品に対して、「果たして、あの映画に真実はあるのか?」と反証映画「ビハインド・ザ・コーヴ」で真っ向から対抗したのが監督の八木景子さんだ。2016年11月、ロサンゼルス近郊サンタモニカ市内でのアメリカンフィルムマーケットに参加した八木監督に話を聞く機会があった。

 「この映画を製作した原動力は怒り、ですね。穏やかだった太地町に押しかけてきて、町の人々の感情を踏みにじるように入ってくる活動家たちへの怒り。町の人々のために追い出したい、心からそう思いました。最初はそんなに長期滞在するつもりはなかったんです。ところが結局、4カ月も心折ることなく撮影を続けられたのは、いつか映画を作れば、誤解されている太地の人々のこと、捕鯨のことを理解してもらえるはずだと思ったからです」

 たった一人でカメラを持って町に入った八木さんは、「The Cove」の主人公でもあるリック・オバリーや監督、ルイ・シホヨスのインタビューも敢行。しかも、ショッキングなコメントを取ることにも成功している。シホヨス監督は「すべての人が菜食主義者になればいい」とまで言い切っている。八木さんは「すべてのアメリカ人を菜食主義者にしてから、日本にやってきてくれ」と言う呼びかけで、彼の本音を引き出した。

 さらに太地町の人々、IWC日本政府代表、太地で活動を続けるシーシェパードの活動家たち、オスロ大学の生態学教授など実に多くの人に会い、肉声を映画の中に織り込んだ。

「真実を届ける」

「編集で心がけたのは、真実を届けるということです。今、捕鯨イコール日本は残虐、捕鯨イコール環境破壊として捉えられています。鯨を守れば世界を守れる、とでもいうかのように。ですから、日本の捕鯨文化として、捕獲した鯨を供養するお墓があることを伝えるなど、(残虐とは)真逆のイメージをできるだけ意識しました。また、実は鯨の数は多すぎるのだという事実もデータで伝えました。編集は最初、自分でやりました。しかし、Aさん、Bさん、Cさんというように順番にインタビューを繋げるだけで、気がつくと、何の話だっけ? ということになってしまいました。それでテレビ番組制作に携わっていた、この映画のナレーターにアドバイスをもらい、様々な人のコメントを入れつつ、間に太地の映像に帰ってくるという手法に変えました。また、意識したのはプロパガンダにならないように、反捕鯨派と捕鯨派の双方の意見を入れることでした」

 日本人と海外のオーディンスに反応の違いはあったのだろうか?

 「日本人は劇場から出てくると『元気が出ました』『作ってくれてありがとう』『泣いた』『捕鯨問題の謎が解けた』といった反応でした。一方の外国人の反応で興味深いと思ったのは、『アメリカ人だって捕鯨に理解を示している人はいる、皆が反捕鯨じゃないよ』と言ってくれたことでした。さらに『反捕鯨活動家たちがやっていることに納得がいかない』と言った人もいました」

 ワシントンDCでアメリカ国内を含む各地からの一般の旅行者に敢行したインタビューも心強い。人々に「何を食べるかは誰が決めるのか?」という質問に対し、彼らは「自分で決める」と答え、また「鯨は健康食だ」「鯨は数が多いんだから、食べてもいいんじゃないか」と答えた人もいた。「時間が少ししかなくて登場した人全員が聞いた人全員という状況だったんですが、彼らの捕鯨への反応に私自身もびっくりしました。彼らは仕込みか? と思ったほどです」

「邪魔する勢力にも屈しない」

 同作は、なぜ日本の捕鯨だけがアタックの対象とされたのか、その裏にある真実を次々にあぶり出していく。そして、世界各地で上映会が開催されている中、嫌がらせにも遭遇した。

 「上映活動を続けるのには資金が必要です。それでサイトでクラウドファンディングを実施していますが、そのサイトが落とされたり、上映劇場のサイトも落とされたりしました。昔と違って今は陰湿なやり方をするんだなと思います。でも私は逃げも隠れもしないし、上映を続けていきます。そう言えば、日本の捕鯨に非常にネガティブな教育を行ってきたオーストラリアで決まりかけた上映がキャンセルになったんです。異文化を取り上げるというコンセプトの上映会で取り上げられる予定だったんですが。理由はわからないけれど、邪魔する勢力があったとしても、自分から乗り込んでいくつもりです。諦めません。それからオバリーが、今年、日本に入国しようとした時に強制送還になったそうです。それまでは反捕鯨活動を展開するのに、観光ビザで入国していたのです。彼からメールが来て『日本で映画(ビハインド・ザ・コーヴ)を見たかったけど入国できなかった』と書いてありました。普通にメールのやり取りはするんですよ(笑)」

「住みたいくらいアメリカが好き」

 個人的に好きな映画を聞いた。「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とかエディー・マーフィーやトム・ハンクスが出る映画とか、夢のあるハリウッド的な映画が大好きなんです。自分の作品とは真逆ですが。それからオプラ・ウィンフリーとウーピー・ゴールドバーグのファンです。偶然、二人とも黒人女性ですが、人種差別を乗り越えて社会で自分たちの意見を聞いてもらえるポジションを確立したという点で非常に尊敬しています。実は私、アメリカに住みたかったんです。留学したいと思っていたのに、父の反対で実現しませんでした。普通に日本で就職しなさいと言われて、ずっと我慢していました。でも、結局、(日本に)残留することになり、今回のような映画を作ることになりました。アメリカに出ていたらこうはならなかったと思うんです。最近の日本は右だ、左だとすぐに決めつけます。でも私は右でも左でもないし、もともと住みたいくらいアメリカが大好きなんです。そういう人が作る『ザ・コーヴ』に対抗する映画だから説得力もあるんじゃないか、と自負しています」

index_img_flyier_01_pc

「ビハインド・ザ・コーヴ」が2都市で上映
●ニューヨーク 
11/25(金)~12/1(木)

The Cinema Village (22 E 12th St, New York, NY)
上映時間1:10pm / 3:10pm / 5:10pm / 7:10pm / 9:10pm
●ロサンゼルス 
12/2(金)~12/8(木)

The Music Hall Beverly Hills (9036 Wilshire Blvd, Beverly Hills, CA)
上映時間12:00pm / 2:20pm / 4:50pm / 7:20pm / 10:00pm

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

この著者への感想・コメントはこちらから

Name / お名前*

Email*

Comment / 本文

この著者の最新の記事

関連記事

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
アメリカの人材採用

注目の記事

  1. アメリカ在住者で子どもがいる方なら「イマージョンプログラム」という言葉を聞いたことがあるか...
  2. 2024年2月9日

    劣化する命、育つ命
    フローレンス 誰もが年を取る。アンチエイジングに積極的に取り組まれている方はそれなりの成果が...
  3. 長さ8キロ、幅1キロの面積を持つミグアシャ国立公園は、脊椎動物の化石が埋まった岩層を保護するために...
  4. 本稿は、特に日系企業で1年を通して米国に滞在する駐在員が連邦税務申告書「Form 1040...
  5. 私たちは習慣や文化の違いから思わぬトラブルに巻き込まれることがあり、当事務所も多種多様なお...
  6. カナダの大西洋側、ニューファンドランド島の北端に位置するランス·オー·メドー国定史跡は、ヴァイキン...
  7. 2023年12月8日

    アドベンチャー
    山の中の野花 今、私たちは歴史上経験したことのないチャレンジに遭遇している。一つは地球温暖化...
  8. 2023年12月6日

    再度、留学のススメ
    名古屋駅でホストファミリーと涙の別れ(写真提供:名古屋市) 以前に、たとえ短期であっても海外...
ページ上部へ戻る