第16回 夏の風物詩

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 その季節特有の現象を風物詩というのなら、日本の夏の風物詩は縁日、花火大会、盆踊りと続く。日本で青春時代を過ごした人なら、胸がキュンとなる想い出も多いはずだ。夏の海辺で初恋を経験したり、あるいは恋が破れたり。

 ああ、襟足をだしてユカタが着たい、赤いはなおのゲタをはいて歩きたい。素足に感じるあの木の感触、土をける振動。体が覚えているなつかしさ。

 だからといって米国の夏は味気ない、と言っているのではない。それどころか、これがまた、なかなかいいのだ。気楽な野外コンサートなどは、米国の夏を彩る風物詩だ。

 芝の上で、軽食をつまみながら、深まる夏の宵を味わう。日中の熱気を夕風が洗い流し、やがて紺青の空に星が輝きだす。宇宙の中の一点である自分を感じながら、オーケストラを聴く。

 オーケストラと一口にいっても、子供の頃からレッスンを積み重ね、技術を磨いてプロになった音楽家の集まりだ。演奏者になるまでには、長い年月の精進と並々ならぬ費用がかかっている。その人たちが何十人と集まり、古今東西の名曲を聴かせてくれる。惜しげもなくさらりと披露してくれる。贅沢です。「豊かな社会だな」と思うのは私だけだろうか。

 もう一つの夏の風物詩はアートフェスティバルだ。近場のラグナビーチでは、7月、8月と丸2カ月間「フェスティバル・オブ・アート」がくりひろげられる。展示作品は芸術性の高いものから、楽しく実用的なクラフトまで、バラエティーに富む。誰でも「この一枚に出会えて良かった」という作品があるはずだ。そんな時はとりわけうれしい。

「Laguna Beach Art Show」で Photo © Chizuko Higuchi

「Laguna Beach Art Show」で
Photo © Chizuko Higuchi

 今年の幕開けのガラは7月6日だった。バンドも入って賑やかな初日は、全米からの招待客でごったがえす。美しい海岸線を見下ろす崖の上に、壮大な別荘を構える世界中の裕福な人たちがこのガラを目指して帰ってくる。

 毎年このガラはテーマが設定される。今年は「探偵」。男性たちは黒の帽子をかぶり、女性はチャールストンでも踊りだしそうな格好だ。シャーロック・ホームズの世界が出現した。アート愛好家たちだからその身なりも凝っていて、見るだけで楽しい。刺激になる。アメリカ人は服装をそろえて雰囲気を創りだす天才だ。思いっきり別世界に遊ぶことで、日常を見直す。

 300名以上のアーティストはこの日は営業真っ最中だ。一年間の新作を発表する日だから。彼らは時代の空気を敏感に感じ取り、作品を創る。それは美しいだけではない。美の奥に作者の思考や、感性や批判がこめられ、考えさせられるものも多い。お祭り騒ぎを横目に、作品は一個の独立した人格のように、何かを主張して香っている。

 その前に立つと一日の疲れを癒してくれるふわりとした水彩。味わった屈辱を昇華してくれる力強い彫刻。エネルギーが湧き出る挑発的なコラージュ。喜びが溢れる油絵。アートは鑑賞者に、生きる意味を問いかける。豊かな人間社会には、なくてはならないものだ。

 「良い作品は作者の手を離れて一人歩きする」と言われている。

 描いた本人さえ信じられないようなものが目の前に現れた時、鳥肌が立つ。アーティストなら何度か経験しているはずだ。自分を忘れるほど、目前のものにのめりこむ。ふと我に返ると、信じられないものができている。魂が形になって現れたような。作者は驚きに震えながらも、真摯な自分に還る。これは自分の手ではなく、何かの力が創らせてくれたと。

 作品は一人で歩き出す。作者はだまって、陰に隠れる。もう自分は役目を果たしたと。

 そんな一作に出会うために、あなたもこの夏出かけて見ませんか?

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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