シリーズアメリカ再発見㊲
ニューオーリンズ
水と食と生と死と 〜前編

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

ロイヤル・ストリートで演奏するミュージシャン Photo © Mirei Sato

ロイヤル・ストリートで演奏するミュージシャン
Photo © Mirei Sato

 

 2005年に襲ったハリケーン・カトリーナは、天災というより人災だった。アメリカを覆い尽くしたブッシュ&チェイニーの重苦しい8年間の、最後のひと突きだった。「Enough is enough」と、誰もが思った。
 人種差別が根本にあるアメリカで、08年に初の黒人大統領が生まれた原動力は、ブッシュの戦争や景気後退よりも、カトリーナだったのではないか、と私は当時、大統領選を取材していて思ったぐらいである。炎暑に大量の黒人と貧しい住民が放置され続けた様子は、衝撃と怒りをもって受け止められた。
 そのブッシュもいなくなり、まもなくオバマも退任だ。
 カトリーナの直後、被災者支援のチャリティーTV番組の生中継で、「George Bush doesn’t care about black people」と言って大喝采を浴びたカーニエ・ウェスト。闘うラッパーだった彼は、今では、「キム・カーダシアン夫人」になってしまった。
 ブッシュは数年前に出版した自伝で、8年間の大統領職務の中で「最悪の経験」は、ウェストにracist呼ばわりされたことだ、と明かした。災害対応が後手に回ったことでもなく、9・11でもなく、イラク侵攻でもなく……。
 当時、ニューオーリンズの黒人市長として、連邦政府やFEMA(米緊急事態管理庁)と渡り合ったレイ・ネーギンは、すぐに人気が凋落。今は汚職の罪で、服役している。

◆ ◆ ◆

 カトリーナをきっかけに、ニューオーリンズの文化や歴史に対する注目と関心が高まったのも事実だ。
 災害後にできたノンフィクションで秀逸だったのは、映画監督スパイク・リーのドキュメンタリー「When The Levees Broke」。ニューオーリンズの庶民の怒りと限界に達した不信感が、フィルターなしに吐き出されていた。
 フィクションでは、ニューオーリンズ出身の俳優ウェンデル・ピアースが主演し、HBOで放映されたドラマシリーズ「Treme」。アメリカ最古の黒人居住区トゥレメーを中心に、カトリーナ以降、そこで生きようともがく人々を描いた群像劇だ。
 リー監督のドキュメンタリーで印象的な語りを残した女性が、女優として抜擢され、出演している。ロイヤル・ストリートのあたりを歩けば、トゥレメーに端役で出ていたミュージシャンが演奏しているのにも出くわす。
 多くのミュージシャンを育てた街。ジャズ発祥の地とされるコンゴ・スクエアや、マルディグラ・インディアンの伝統が息づく街。ドラマの成功で、トゥレメーには多くの観光客が入り始めた。定期的なツアーもできた。並行して、再開発も急激に進んでいる。
 トゥレメーを案内してくれたツアーガイドのミルトンさんに聞くと、もともとトゥレメーは黒人ばかりの居住区ではなかった。白人も多かった。しかし、ほかのアメリカの都市と同様に、1960年代に人種隔離政策が次々に撤廃されるに連れ、白人が離れていった。特に、黒人と白人が平等に教育を受ける権利を認めた「ブラウン判決」後、ほとんどの白人は人種統合を拒否して、郊外へ引っ越した。
 この現象を「ホワイト・フライト」(white flight)と呼ぶが、最近また白人が戻ってきた、とミルトンさんはいう。
 「90年代に入る前までは、トゥレメーには白人はゼロだった。治安が悪いと思われていたしね。でも場所柄、フレンチ・クオーターに近いし、便利だということで白人が引っ越してくるようになった。カトリーナの直前は、まだニューオーリンズ全体も大半の住民が黒人で、トゥレメーでは65〜70%ぐらいを占めていた。それが今は50%ちょっと。白人は35%から45%まで増えたと思う」
 こうした人口構成の変化は、文化の喪失にもつながるのだろうか。そう聞くと、ミルトンさんはしばらく考えて、「Culture is alright」と言った。
 「文化は大丈夫、残っていくでしょう。でも、誰がそれを伝えるのか、誰がストーリーの担い手になるのか…。それはまた、別の問題だと思います」

取材協力/Special thanks to New Orleans Convention & Visitors Bureau andミシシッピ・リバー・カントリーUSA日本事務局

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