[敬老・売却問題] 反対署名集め、ロサンゼルス日系コミュニティーが運動開始

文&写真/佐藤美玲(Text and photos by Mirei Sato)

 ロサンゼルスで50年以上にわたって、日系人の高齢者に医療や福祉サービスを提供してきた非営利団体「敬老シニアヘルスケア」(通称「Keiro」)が、非日系の民間会社に売却されようとしている問題をめぐって、地元の日系社会で大きな反対運動が起きている。
 敬老は、南カリフォルニアの日系社会の財産であり、老後も安心して日英バイリンガルの環境で段階的なケアを受けられる、全米でも唯一の施設だ。
 売却を阻止しようと有志がつくった「敬老を守る会」は、広く日系社会に共感の輪を広げつつあり、「10月末までに1万人」を目標として署名を集めている。

2011年10月、敬老創立50周年を祝う「Genki Living Expo」で Photo © Mirei Sato

2011年10月、敬老創立50周年を祝う「Genki Living Expo」で
Photo © Mirei Sato

苦労した1世のため、創設

 敬老は、1961年に創立された。
 日系アメリカ人は、第2次世界大戦中、人種差別によって強制収容所生活を強いられた。特に1世は、苦労の末にアメリカで築いた財産や家を失った。それでも戦後、もとの場所あるいは新天地で再出発し、さらに強い絆で日系コミュニティーを立て直した。
 その貢献に報いて、1世が引退後に安心して余生を送れるように。そして、2世らも安心して仕事に励めるように、というコミュニティーの願いなどを背景に生まれたのが、敬老だ。フランク・ワダ、ジョージ・アラタニといった実業家らが尽力して、非営利団体として創設された。

 施設は4つにわかれる。ロサンゼルスの歴史的日系人街「リトル東京」の近く、ボイルハイツにある、中間看護施設「Keiro Intermediate Care Facility」と高齢者専用住居「Keiro Retirement Home」。リトル東京からそれほど遠くないリンカーンハイツにある、介護施設「Keiro Nursing Home」。そして、やはり日系人口が多いガーデナにある、介護施設「South Bay Keiro Nursing Home」だ。
 創立以来、延べ約13万世帯にサービスを提供してきた。住居は特に人気があり、数年前まで、入居は「2~5年待ち」と言われていたほどだ。
 2011年には創立50周年を記念して、日系人に健康や医療に関する情報を提供する大規模な展示会「Genki Living Expo」を開催した。

「オバマケア」不安に便乗?

 敬老が「売却」の意向を公にし始めたのは、2013年の冬だ。ちょうど、医療保険制度改革(通称オバマケア)の本格的な導入を目前にして、全米および州規模で、さまざまな情報が飛び交っていたときだった。
 ショーン・ミヤケ・敬老シニアヘルスケア社長兼最高責任者の名前で、「医療保険制度改革パート3 未来を見据える」という文書が12月10日付の体裁で流された。これは日系紙「羅府新報」に同年11月16日付で掲載されたものと同じで、本誌フロントライン編集部にも掲載をすすめる打診があった。
 売却せざるを得ないかもしれない、という理由として、新制度のもとで医療費がさらに高騰する、このままでは2年後に敬老は赤字に転落する、リトル東京周辺の日系人口が減っていま以上の寄付が望めない、入居希望者も減っていくーーといったことが挙げられていた。
 日系に特化したサービスを今後も提供し続けるため、生き延びるためには、より大きな組織の傘下に入ったほうがいい、という論理だ。
 これと前後して、12月初旬、敬老は入居者と家族を対象に説明会を開いた。

 地元日系人の多くは、こうした動きを伝え聞き、心配しながらも、そのうちコミュニティーに対してきちんと敬老から相談や、収支報告を含めた詳しい説明があるだろうと思っていた。
 しかし今年6月になって、買い手が決まり、売却で合意したというニュースが流れた。8月には、司法長官もゴーサインを出し、もうエスクロー(不動産売買の第三者預託)が始まっている。2016年初めにはそれも終わって、売買が成立するだろう、という発表があった。
 これに日系コミュニティーは驚き、敬老に対する怒りと不信感が噴出した。

署名、すでに4000人

 9月初めに有志4人が集まって、「敬老を守る会」(=Save Keiro、ジョン・カジ代表)を発足。同月29日に開いた最初の一般ミーティングには、約120人が集まった。
 守る会は、カマラ・ハリス・カリフォルニア州司法長官あてに「敬老施設売却差し止め請願書」を送り、敬老に対して公開説明会を開くよう要求した。
 これを受けて敬老は、10月15日、リトル東京の西本願寺で説明会を開催。ミヤケ氏のほかに、敬老から施設を買い取る不動産業者の「パシフィカ・カンパニーズ」(Pacifica Companies)と、買収後に契約業者として施設を実際に運営する「アスペン・スキルド・ヘルスケア」(Aspen Skilled HealthCare)からも、担当者が出席した。
 聴衆は数百人集まったが、納得のいく説明は得られず、険悪な雰囲気のまま散会となった。

 エスクローが終わってしまう来年1月末まで、残された時間は少ない。守る会は、10月初旬から、売却を阻止するために署名活動を行っている。
 同月25日時点で約4000人分が集まった。すでにそのうち約3000人分は、司法長官に提出済みだ。
 守る会は、10月31日までに署名者が1万人に達することを中間目標としている。コミュニティーにこれだけの反対意見と危機感があるということがわかれば、司法長官も再考せざるを得ないだろうと期待するからだ。

「死にたい」と言う入居者も

 敬老は、日系社会からの寄付とボランティアなしには続いてこなかった。さまざまな人が集まる「守る会」だが、共通しているのは、「敬老は自分たちが築き上げてきたもの」という思いだ。それだけに、説明も相談もなく売却を進められたことに対する苛立ちと不信感は大きい。
 また、敬老創設の理念「1世をうやまう」ことこそが、日系人のアイデンティティーにほかならない、という考えも強い。「敬老がなくなるということは、先人が築いたもの、自分たちが築いたものがなくなる、ということ」「『親孝行』できる場所を失ってはいけない」との危機感と防衛意識も働く。

 日系の医師にとっては、自分の患者である入居者のことが心配だ。敬老の入居費は、今でも決して安くない。患者のなかには、全財産をつぎ込んで入居した人もいる。
 パシフィカは、買収後1年は入居費を据え置き、5年間はメディカルとメディケアを使い続けられるようにすると約束している。しかし、その後の保証はない。
 リトル東京で臨床心理士をする池田啓子医師は、「敬老の入居者の7割がメディカルとメディケアを両方使ってケアを受けているので、それがなくなれば大変なコストになる。『5年以内に死にたい』と言う人さえいる。なんとかこの売却を止めなければいけない」と話す。

 守る会のチャールズ・井川さんは、「敬老が日系コミュニティーの歴史の中から生まれた施設であるという共有意識をもって、みんなに目覚めてほしいと思う。入居者だけの問題ではなく、自分たちの将来につながること。この機会を逸したら、日英バイリンガルで高齢者を対象にしている唯一の施設が、永久になくなってしまう」と話し、署名を含めた運動への参加を呼びかけている。

ロサンゼルス・リトル東京の近く、ボイルハイツにある敬老の施設の入り口。日本庭園もある Photo © Mirei Sato

ロサンゼルス・リトル東京の近く、ボイルハイツにある敬老の施設の入り口。日本庭園もある
Photo © Mirei Sato

「心のよりどころ」「住み心地よい」

 敬老は、日本とのつながりも深い。日本からロサンゼルスへやって来る政治家や芸能人は、必ずといっていいほど敬老を訪れる。
 敬老サイドも、創始者の一人、ジョージ・アラタニさんが2013年に死去した際発表した弔文で、過去に日本経団連を通じて、日本の企業が敬老に寄付をするときに無税となるよう特別な税法をつくった、というエピソードを紹介しているぐらいだ。
 1994年に天皇皇后両陛下がロサンゼルスを訪れた際、敬老も訪問している。

 現在の敬老の入居者のなかには、戦後の移住者、「1世」である日系移民も少なくない。
日本語で聞いて話してしっかり理解したいという人たちのために、10月25日、リトル東京で「緊急ミーティング・敬老売却問題を考える」が開かれ、約50人が集まった。
 歳末助け合い運動などの募金活動やボランティアなど、さまざまな形で敬老とかかわり、施設の成長を見守ってきた人たちが集まって、意見や質問を出し合った。

 南カリフォルニア庭園業連盟(Southern California Gardeners’ Federations)のアドバイザーを務めるシンキチ・コヤマさんは、「日系人の心のよりどころが敬老だったと思う。いま庭園業連盟のメンバーは900人いて、うち600人以上が75歳を超えている。その人たちはこれからどこへ行くのか。年をとると、英語を忘れて日本語だけになってくるし・・・。これは日系社会の大きなターニングポイントになる。できるだけ早く署名を集めて実行に移す必要がある」と訴えた。

 参加者には、敬老でスタッフとして働く人もいた。施設の中で売却反対の署名用紙を回そうとして禁止されたスタッフもいるという。
 敬老に入居して6年目になるという女性は、「2年前に突然、赤字だから売ると言われてびっくりした。途中でハシゴを捨てられたような感じ。売却計画を知らされずに新しく入居してくる人もいるし、不安で別の施設へ移る人もいる」と言う。
 「日本からのエンターテイナーが劇場でショーをする前に必ず来るし、介護士をめざす学生が日本から年に何度も、何十人も来る。そういう子どもたちと話ができることが楽しい。詩吟に俳句に、アクティビティーが35種類ぐらい、日本の文化ならなんでもある。図書館もあり、映画上映もある。食事も日本風のものが多くて、シェフがおそばをうってくれることも。しかも皆、ボランティアで、こんなにいいところはない。自分なりに住み心地の良さを見つけたなと思っていたのに・・・」
 売却問題のゆくえ次第では、敬老を出て、別の場所で暮らすことも考えているという。

 ◾️◾️◾️

署名できるウェブサイト:

savekeiro.org(英語)
jp.savekeiro.org(日本語)

*賛同して署名するのは、ロサンゼルス在住者でなくても構わない。名前など必要な事項さえ記入すれば、ほかの州や日本に在住でも構わない

*守る会の署名活動は、10月末を過ぎても、売却中止が決まるまで続く

*スマートフォンのユーザーは、画面右上に記載されているところからクリックする

*インターネットにアクセスできない人は、「敬老を守る会」のチャールズ・井川氏へ問い合わせを(562-402-4315)

「守る会」が署名を集めている請願書は、2種類ある。

①カマラ・ハリス・カリフォルニア州司法長官あての「敬老施設売却差し止め請願書」
(Petition the Attorney General to Stop the Sale of Keiro Facilities)
 日系アメリカ社会の構成員は、敬老ナーシング・ホーム、サウスベイ敬老ナーシング・ホーム、敬老中間看護施設、敬老引退者ホームを、パシフィカ社に売却することに反対し、売却の差し止めを請願する、というもの。

②敬老シニアヘルスケアあての「敬老4施設売却に関する記録提供の請願書」
(Petition for Records on the Sale of Keiro Facilities)
 売却関連の議論が記載された、役員会議事録、売却を推奨する独立機関による研究報告書、敬老4施設売却を補佐するすべての財務資料の複写を提供するよう、請願する。

 ◾️◾️◾️

敬老がウェブサイトで公開している、売却に関する経緯など:

www.keiro.org/updates

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佐藤美玲 (Mirei Sato)

佐藤美玲 (Mirei Sato)

ライタープロフィール

東京生まれ。子供の時に見たTVドラマ「Roots」に感化され、アメリカの黒人問題に対する興味を深める。日本女子大英文学科アメリカ研究卒業。朝日新聞記者を経て、1999年、大学院留学のため渡米。UCLAアメリカ黒人研究学部卒業・修士号。UMass-Amherst、UC-Berkeleyのアメリカ黒人研究学部・博士課程に在籍。黒人史と文化、メディアと人種の問題を研究。2007年からU.S. FrontLine誌編集記者。大統領選を含め、アメリカを深く広く取材する。

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