第59回 表と裏

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

Photo © Chizuko Higuchi

 フェイスブックが出始めの頃は、皆が競って自分のアカウントを作り、いろいろなイベントを投稿したものだ。投稿に「いいね」をクリックしてね、と言われたことも何度かある。いいねの数が多いとどんな良いことがあるのか分からないが、それほど熱狂した時もあった。人気投票みたいなものだろう。誰もが、誰かとつながりたい。

 どこのレストランのどの料理がおいしいか、リアルタイムで載せる人も多かった。自分が足を運び、注文しなくても分かるのだから、便利といえば便利ではある。口コミ情報はお店にとって、何よりの宣伝だ。

 家族旅行の写真を載せる人も多い。幸せそうで良かったね。友人、知人のバケーション写真はエキゾチックなリゾート地でのリポートだから、自分も疑似体験をしている気分になる。いいなあ、羨ましいなあと思う。それらを見た後にPCを消すと、暗くなった画面に自分の顔がぼんやり映っていたりする。

 その頃から数年を経た今日では、一年のサイクルで巡ってくるイベントは同じことが多いから、最初の年に比べたら大体二番煎じのものが多く、投稿も熱が入らなくなる。見る方もすでに知っている情報だから、興味が薄くなるのは当然だろう。初体験はいつもドキドキでフレッシュだが、二度目の体験は精彩を欠くのは仕方がない。人間はそれほど飽きっぽいものである。

 半年前頃からテレビのニュースで、フェイスブックやソーシャルメディアを見すぎることの弊害が警告され始めた。他人の楽しい姿ばかりを見ていると、自分の現実の生活と無意識に比べてしまい、自分の現実が惨めに映る。気が滅入り、うつ病を発症することもあると心理学者が指摘している。自分の現実は、自分が一番良く知っている。楽しいこともあるが、そうでないことのほうが多い。誰の現実もそうであることを承知していても、家族の争いごとを投稿する人はいないし、楽しそうな投稿は現実の一部でしかないことを知っていながら、隣の芝生は良く見えるものである。投稿者は、本当はバケーションにウンザリしていたかもしれないのに、投稿には幸せ一杯の写真を選ぶ。不完全な現実を理想の姿に写真で作り変える作業を無意識にしてしまうかもしれない。写真や文章は時に簡単にウソをつく。その人間の心理を頭の隅に入れておくことも、情報社会には必要だ。それをついに誰かが警告してくれたことに、ホッとした。

 1カ月前にはフェイスブックの創始者である、マーク・ザッカーバーグ氏でさえメッセージを伝えていた。人の楽しい話題ばかり見ているとうつになることもあるから、それを回避したい。フェイスブックは誰でも簡単に情報を交換し、交流できるのが創設の目的だった。そのためには受けるだけではなく、あなたも身の回りのイベントを積極的に発信して下さい、と。真偽の分からぬ情報に振り回されず、自分が情報を見分ける賢い使い方をしてほしいというメッセージだった。

 警告は一度だけでは力がない。数回繰り返して、やっと我々大衆の意識の中にじわじわと滲み込む。最初に世の中の既成概念に逆らう警告を発するのは勇気がいる。自分が取ろうとしている行動は間違っていないか、何度も自分に問い直す。迷い、再考し、やろうとしていることは正しい、やらなければならないと信念にまでなった時に、最初の一声を挙げることができる。リスクを背負うその勇気が人々を揺さぶり、社会のムーブメントがゴトンと動き始める。たった1人でも、正しい意見は現実を動かす力になるのがアメリカの魅力だ。最初は孤立無援でも、広いアメリカ大陸にはあなたの意見に賛同し、助けてくれる人が必ず現れる、それがアメリカだ、と言われたことがある。なんて素敵な国だろうと思った。

 現実の困難はそう簡単には克服できない。一朝一夕には成果の見えない地道な努力と長い時間がかかる。おいしいものを食べてもバケーションに行っても、一時しのぎだけで、また同じ現実が待っている。現実を変えるのは、明確な思考、不屈の意志と行動力だけだ。これは今も昔も変わらない。晴れやかな表を支えているのは、いつも裏の暗い愚鈍な努力である。そう自分に言い聞かせながら、今日も沢山の情報の中から、何が事実なのかを手探りする。事実の表と裏を見通したい。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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