第65回 ハンバーガー
- 2018年12月11日
戦いに出る前に食べるものがあるなら、私には間違いなく肉だ。腹持ちが良く、なんといっても力が出る。しばらく空腹にならないのが良い。
普段はどちらかというと、魚や野菜中心の食事をしている。その方が、私の場合は体が軽く、よく動ける。しかし、ときどき意味もなく肉を食べたくなる。突然そう思うから、それはおそらく体が要求しているのに違いない。その時は、余計なことを考えずに素直に肉を食べる。
フィレミニョンのおいしさが喉元にこみ上げてくる。と同時に、いやあ、高い、と反発の声がするのも事実だ。高価なフィレを食べるのは、ひと仕事終わり、疲れた心身を労わる時と自分なりのルールがある。二つの声があちこち行き交う時、簡単な解決策がある。ハンバーガーだ。
どのファストフード店でもその店の売りのハンバーガーがある。若い時は、どこの店のものでもおいしかった。ところが歳をとってくると、日本食弁当はどこのものでも食べられるのに、ハンバーガーはもう食べられなくなる人が多い。私もその一人だ。ただ、「In and Out」という店だけは、いまだに通い続けている。
フランチャイズ店がほとんどなのに、この店は家族経営だ。冷凍肉を使わず、毎日仕込む。ポテトはその場で切って揚げる。だからおいしいを売りにしているが、実際おいしい。オープンキッチンだから奥で働いている若者たちの姿も見える。真っ白いシャツ、白ズボン、真っ赤な大きな前掛け。1930年代のレトロなユニフォーム。メニューはたったの3種類しかない。好みは#1、#2、#3のなかの#2のメニュー。チーズバーガーオニオン入り、フライドポテト、ソフトドリンクが付いて、税込みで6.63ドル。いつも人でごったがえしている。
ランチ時に入って、ぼんやり周りを見回して時間を過ごすのが好きだ。家族はこれが私の最大の趣味と言ってからかう。出来上がるのを待つ間、そして食べる間、周りをきょろきょろと見回す癖があるのだそうだ。恥ずかしいからやめて、と何度注意されても直らないので、一緒に来たがらない。
いろいろな人がいる。まず若い男性が多い。シャツとズボンをすっきりと着て、スマホをいじっていたり、友人と快活に話していたりする。こども連れのお母さんは、ちょろちょろ動いてちっともじっとしていないこどもを叱っている。ウォーカーを頼りにゆっくり歩く老人たち。私ももうすぐそうなるだろう。その世話をしている人。ブルーのユニフォームを着た病院勤めのナースやドクター。ユニフォームの色で大体の職種が分かる。サッカーの練習後らしきこどもたちのグループとコーチ。ちょっとおしゃれをした教会帰りの人たち。家族のランチを買って帰るお父さん。
人種も年齢も、経済的背景も背負った文化や祖先もまちまちだ。この国の基礎を作った先祖を持っている人も、私のような移民一世もいる。ありとあらゆる人たちが、7ドルでお釣りが来るほぼ同じハンバーガーを食べている。私にはひどくアメリカ的な光景に映る。
その一員となって、外がカリカリで中がジューシーなハンバーガーにかぶりつき、こぼれた中身を拾って食べ、熱々のフライドポテトをほおばり、冷たいコークを流し込む。いろいろな会話が聞こえてくる。理解できない言語も混じっている。それらを聞き流しながら、喧噪の中でハンバーグを食べる時、ただ単純にしあわせだと思う。
働いている若者が布を手に掃除に回ってきた。ここは常に清掃が行き届いている。彼はテーブルを拭きましょうか、コークをリフィルしましょうかと聞く。その言い方や物腰は、まるでオーナーがお客に聞くような威厳のある謙虚さである。体でコミュニケーションの取り方、何を提供したら人に喜んでもらえるかを学んでいる。
客単価を6.50ドルとして、一日何食売り、粗利がいくらで材料費、人件費、家賃、光熱費を引くと純利益はいくら残るのだろう。薄利多売でなければ継続した経営は難しい。良質で安価な食を万人に提供するオーナーには、きっとビジョンがあるに違いない。
お腹も一杯になった。人混みをかき分けて店外に出ると、太陽光が降り注いでいた。
ここのハンバーガーをおいしく食べられるかぎり、私は働き続けられる。
よっしゃ! 私は戦いに出る。
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