日本酒の可能性を広げ
新しい歴史をつむぐ

Text:Haruna Saito

New Business Close Up
アメリカで新たな事業を手がける人物をクローズアップするインタビューシリーズ。

「日本酒の未来をつくる」をビジョンに掲げて2013年に設立された、日本酒事業を行うスタートアップ企業、株式会社Clear。2021年5月には総額12.95億円の資金調達を実施し、日本酒の未来を切り拓くために今後さらなる事業拡大に挑む。日本酒産業をリードするベンチャー企業として市場の最前線に立つ同社のCEO、生駒龍史さんに話を聞く。

新たな日本酒市場を切り拓きたい

「“Clear” という単語には “切り拓く” という意味があります。弊社は、新規市場の創造によって “日本酒の未来を切り拓いていく” というビジョンのもと設立しました」と話すのは、株式会社Clear、CEOの生駒さん。Clearは日本酒に特化した2つの事業を展開している。一つは日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」の運営、そしてもう一つはラグジュアリーな日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」の商品企画・開発・販売だ。

今、日本酒産業の市場規模は、1973年をピークに4分の1まで下がってきているという。要因として挙げられるのが、薄利多売がビジネスモデルとなってしまった日本酒の「安すぎる問題」と、ワイン、カクテル、酎ハイといった国内の酒の種類の多様化だ。一方、生駒さんは別の要因に目を向けた。「僕自身は、エンターテインメントの多様化も酒離れの大きな要因ではないかと思うんです。昔は娯楽といえば酒でしたが、今はテレビやオンライン配信サービス、SNS、eスポーツ、漫画などなんでもあり、お酒を飲まなきゃ楽しめないという世の中ではなくなったんですよね。さまざまなものが楽しめる世の中は進歩的で健全であり良いことなので、日本酒の消費量が減ること自体を僕は受け入れています。だからこそ、この環境の中でどうすれば日本酒の価値が改めて社会で認知されるかが重要なのです」。

ワインやウィスキーなどに高単価なマーケットがあるように、日本酒も近年は吟醸酒などの高単価のものが伸びてきている。「この10年ほどで、安いものをたくさん飲むのではなく、高品質なもの、良いものを味わって飲むような消費態度に変容してきているのです。単価も付加価値も品質も高い商品で総合的に満足してもらうことが、今の日本酒に求められている価値だと僕は思っています。我々Clearがラグジュアリーの産業を作ることによって未知の市場を切り拓き、日本酒の市場規模全体を大きくしたい。そんな想いで、2018年にSAKE HUNDREDの事業を始めました」と生駒さんは話す。

そんな生駒さん自身は、実は酒がそれほど強くないという。「でも、日本酒ってすごくおもしろいんですよ。歴史に紐づくような出来事もあれば、いまだに化学で解明されていないミステリアスな部分もある。さまざまな温度帯での楽しみ方の幅もあるし、さらに料理とも劇的に合う。僕はシンプルに日本酒のおいしさ・楽しさ・かっこよさに惚れ込んでいます。これだけ取り組んでもまだまだ未知の部分があって追求し続けられるというのは、幸せな仕事だなぁと思います」と、目を輝かせて話す姿は印象的だ。

SAKE HUNDREDのラインナップには、現代日本画家とのコラボレーションアイテムといった斬新な商品もある。「付加価値というのは一概に品質やおいしさだけではありません。たとえば、箱を開けてラベルを見た瞬間に心を奪われるような、プラスαでどういった価値を提供できるかが重要なんです。ラグジュアリーブランドは、機能的価値と情緒的価値がそれぞれ最大限まで上がったものが一つの定義だと思っています。アートは付加価値の究極なので、かねてから親交があった日本画家の大竹寛子さんとのコラボを考えました。おいしさを極めつつ、どういった付加価値やプラン努力を提供できるかという、より高度な挑戦が求められていると思うんです」。

知ってもらうには、伝え手も必要

「SAKETIMES」は、SAKE HUNDREDに先駆けて2014年6月にリリースされたWEBメディアだ。当時、日本酒がにわかに盛り上がりつつあったが、日本酒について知れるようなプラットフォームは存在しなかった。「酒蔵というのは製造業なので、メディアを運営するノウハウはありません。ならば、造り手・売り手ではない伝え手の立場があれば、日本酒の新しい未来がつくれるのではないかと思いました」と生駒さん。日本語版のSAKETIMESは、日本酒の基本情報を提供しつつも、最低限の知識を持っている人も楽しめるようなディープな情報も発信している。その2年後には英語版「SAKETIMES International」もリリース。英語版では、日本酒の原料すら知らない人にも興味を持ってもらえるように、より基本的な知識をはじめ、アメリカで日本酒に関する活動をしている人の記事など、より身近に感じてもらい日本酒を知るきっかけになるような記事を発信している。

資金調達でさらなる挑戦へ

CEO 生駒龍史さん

今年5月の資金調達により、同社は今後、SAKE HUNDREDの海外進出強化、SAKETIMESの規模拡大、そしてサステナビリティの推進に力を入れていく。SAKE HUNDREDの輸出エリア拡大にともない、新たにアメリカへも販路を拡大することが決まっている。

「弊社の販売チャネルはオンラインですので、アメリカでもECサイトを通じて個人が直接購入できる仕組みを作るのが最初の目標です」と生駒さん。商品を知ってもらうためのブランドマーケティングにも力を入れる。アメリカのレストランのシェフとタイアップをして記事を作ったり、気鋭のアーティストとコラボをしたり、レストランとのペアリングイベントを開催したりと、可能性は無限にある。オンラインもオフラインも問わず、日本酒の魅力を知ってもらうためのマーケティングに力を入れていくのが直近の目標だと、生駒さんは意気込む。

「日本酒の知識をゼロベースで啓発していくというのは、一つの課題ですね。ソムリエの田崎真也さんもおっしゃっているんですが、フレンチってワインより日本酒のほうが合う料理もいっぱいあるんですよ。『日本酒といえばHot Sake』『酒といえば寿司』といった古い情報のままだと、日本酒は世界の寿司マーケットにしか進出できません。そうではなく、一流といわれるようなフレンチ、イタリアン、スパニッシュの料理とも十分に共演できるポテンシャルがあるということを知ってもらう必要があります」

また、SAKETIMES Internationalや中国語版「清酒指南」の発展にも力を入れていくという。「International版は、今年の4月からはアメリカの酒屋(兼ジャーナリスト)で働いていた日本酒ジャーナリストにディレクターとして入ってもらい、記事を安定的に出していこうという方針に変わりました。アメリカで日本酒を紹介しているアメリカ人伝道師の記事を書いたり、サンフランシスコの有名な酒屋にインタビューをしたり。日本酒と健康についてなど、横のカテゴリとも絡めて読者が行動に移せるような記事を書いていくという考え方ですね」。

最後に、会社としての今後の展望を聞いた。

「今はない日本酒の未来をつくり上げていくというのが大きな展望です。既存の産業の中でパイを奪い合うのではなく、自分たちの事業が産業にとっての新しい道になって欲しいというのが常にあります。酒蔵の人が『高いお酒も売れるんだ』と知って、高いお酒に挑戦して儲かってくれれば、酒米農家にも安定的に発注ができるようになるので一次産業も潤ってくるわけですよね。自分たちの事業がサプライチェーン全体を潤わせるような、起点になるような存在でい続けたいと思っています。我々は日本酒が持つ無数の可能性の一つなので、選択肢は多くて良いんですよ」

 

SAKE HUNDREDsake100.com
SAKETIMESjp.sake-times.com

PROFILE
生駒龍史
Clear Inc.代表取締役CEO、SAKE HUNDRED Brand Owner。2018年7月より日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を創業。『Forbes Japan』でSAKEイノベーターとして選出。国税庁主催「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」でソムリエの田崎真也さんらと並び委員も務め、内閣府や国税庁から有識者として招聘されるなど、業界の第⼀⼈者としても注⽬される。

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齋藤春菜 (Haruna Saito)

齋藤春菜 (Haruna Saito)

ライタープロフィール

物流会社で営業職、出版社で旅行雑誌の編集職を経て渡米。思い立ったら国内外を問わずふらりと旅に出ては、その地の文化や人々、景色を写真に収めて歩く。世界遺産検定1級所持。

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