海外教育Navi 第80回
〜発達障害の子どもを連れて日本に帰国する〜〈後編〉

記事提供:月刊『海外子女教育』(公益財団法人 海外子女教育振興財団)

海外勤務にともなう子育てや日本語教育には、親も子どもも苦労することが多いのが現状。そんな駐在員のご家族のために、赴任時・海外勤務中・帰任時によく聞くお悩みを、海外子女教育振興財団の教育相談員等が、一つひとつ解決すべくアドバイスをお届けします。


Q.発達障害の子どもを連れて、日本に帰国します。子どもにはADHD(注意欠陥多動性障害)と学習障害があります。帰国に際して気をつけるべきことや、準備すべきものを教えてください。

前回のコラムでは、帰国準備のポイントについてご説明しました(前回記事へ)。今回は、日本の特別支援教育についてご説明します。

特別支援教育

特別支援教育は表のように 「支援サービス」と「合理的配慮」の二つに大きく分けられます。

「支援サービス」とは、指導介入やセラピーなどを行うことです。学習障害のお子さんなら、読み書きのスキルや、記憶の方法やタイムマネジメントの方法等の学習スキルを教わっていたかと思います。読み書きのスキルに関しては、現地語と日本語の言語体系が異なる場合、すべてそのまま活用できるとは限らないことも念頭に置いておきましょう。

近年日本でも発達障害の子どもたちに指導介入が行われるようになり、その広がりには目覚しいものがあります。しかし指導者は、かならずしも特別支援教育の専門的トレーニングを受けた先生ばかりではありません。したがって「同じような指導介入ではないかもしれない」と考えておくことも大切です。

そうなると、「いまの支援サービスの効果を、先生が隣についていなくてもいかに活用できるか」がポイントになります。つまり、お子さんが先生にいちいち促されることなく、それまで教わってきた方略を自分で必要に応じて使えるようになることが重要になります。残りの滞在期間に拍車をかけてこの点を強化目標にしてもらうとよいかもしれませんね。そして、そんなポイントも転校先の先生と共有できるとよいでしょう。

「合理的配慮」とは、お子さんが障害のためにうまく力を出せないでいる状態の条件を変えて、力を発揮できるようにするものです。これは日本でも2016年から障害者差別解消法によって公立の教育機関では提供が義務づけられています。

お子さんのIEPを見ていただくとその中に現在の学校で認められていた合理的配慮のリストがあります。場合によっては、「授業中」と「テスト時」に分けて記載されています。具体的な例としては、座席の配置、テストの時間延長、別室受験、息抜きの許可、デバイスの使用、モーターニーズへの配慮、理解の確認などです。

日本の学校でもコンピュータやタブレットが使われはじめていますが、 デバイスの使用自体へのハードルはまだまだ高いのが現状です。デバイス使用によって文字の解読(読み)や文字の形成(書き)の表層レベルでの問題を解消できて、より深い学習に進むことができる子どもが多くいます。このように著しく学習の助けになることを現地の学校で体験してきたお子さんには、日本の学校の対応が不思議に映るかもしれません。そこで「合理的配慮」を申請しますが、そんなときにIEPへの記載があることや、実際に使って有効であったという実績がものをいいます。

学校での指導介入が不十分だとしても、合理的配慮で対応できることはたくさんあります。特に中学校、高校になると、合理的配慮の獲得がますます重要になりますので覚えておきたいものです。

許可を躊躇する中学校の定番のいいわけは「高校入試では許可してくれないから」というもの。しかし高校では「小・中学校で使って有効だったという実績がないと入試での合理的配慮として承認しにくい」と言っているとのことなのです。小学校・中学校で認めてもらうことが鍵となりますし、その実績を示すためにも現地校で受けてきた合理的配慮の例は重要になります。

投薬

お子さんはADHDに対する投薬を受けているでしょうか。もし受けているようであれば、現在服用している薬が日本でも入手できるかどうか調べておく必要があります。

日本では子どもに処方が許可されている薬が欧米に比べて非常に限られています。脅すわけではありませんが、外国では普通に処方され効果のある薬であっても、日本では持っているだけで麻薬所持と見なされることもあるようです。

現在服用している薬が日本では入手できないとなれば、日本で許可されている薬に変える必要もあります。変更に伴い、効果や適量を判断するためには周りにいる大人による行動観察が重要です。帰国してから行うとなると、環境も先生も新しく、以前からの変化を判断できません。判断をより正確にするためには、そのお子さんを熟知している教師や、その子が慣れている環境での観察が有効ですので、薬の変更は十分に時間を取って帰国前にしておくことをお勧めします。

変わりゆく日本

日本でも特別支援教育や合理的配慮を推し進めようという動きは盛んで、理解促進用ビデオ教材も作成され、インターネット上で入手可能になっています(例:NHK for School「あいつだけずるい」)。

また、2012年から始まった「放課後等デイサービス」のなかには学校教育を補足するように学習の指導介入やさまざまなセラピーを組み込んだものもあって比較的安価で利用できるようです。これはアメリカなどにはない魅力的な制度です。

その国その国で支援の仕方は異なりますが、よいものを見つけて活用したいものですね。

今回の相談員

ニューヨーク日本人教育審議会・教育文化交流センター教育相談員
バーンズ 亀山 静子

ニューヨーク州公認スクールサイコロジスト。現地の教育委員会を通じ、幼稚園から高校まで現地校・日本人学校を問わず家庭で日本語を話す子どもの発達・教育・適応に関する仕事に携わる。おもに心理教育診断査定、学校のスタッフや保護者とのコンサルテーション、子どもの指導やカウンセリングなどを行う。

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公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

ライタープロフィール

昭和46年(1971)1月、外務省・文部省(現・文部科学省)共管の財団法人として、海外子女教育振興財団(JOES)が設立。日本の経済活動の国際化にともない重要な課題となっている、日本人駐在員が帯同する子どもたちの教育サポートへの取り組みを始める。平成23年(2011)4月には内閣府の認定を受け、公益財団法人へと移行。新たな一歩を踏み出した。現在、海外に在住している義務教育年齢の子どもたちは約8万4000人。JOESは、海外進出企業・団体・帰国子女受入校の互助組織、すなわち良きパートナーとして、持てる機能を十分に発揮し、その使命を果たしてきた。

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