愛するアメリカ

サンフランシスコの町並み

一年中温暖なカリフォルニアだが、冬は雨が降る。以前は1年間でたった3〜4日のパラパラ雨だけだったのに、地球温暖化の影響を受けてか、最近は以前からは考えられないほどの雨が降る。今日も1日曇天で、小雨がぱらつき、夜はゴーという音をたてて集中豪雨並みの雨が降った。その音に夜中に目覚め、ベッドの中でじっと雨音に耳を傾ける。大丈夫かな。こんな夜の雨音が、私は実は嫌いではない。しんみりする。人間もまた、自然の中で生きる一動物にすぎないことを思い出させてくれる。裏庭のヤモリも葉陰でじっと豪雨に耐えているに違いない。けれど、私には屋根があり、温かいベッドの中で守られている。小さな幸せがここにある。災害になっては困るが、すべて人工物の都市では、ときどき人間も自然界の一部にすぎないことを思い出すのは悪くない。

アメリカは広大な国だ。40年前、大学を出て初めて就いた仕事で、2年間、トランク一つでアメリカ各地を巡業して働いた。各地の高級デパートですでに買われていた日本製品を店頭で説明し、販売するデモンストレーターの仕事だった。1回の派遣は3カ月。1〜2週間ごとに飛行機や長距離バスで次の町に移動し、違うデパートで働く。それを年に4回繰り返す。初めての土地、初めての人々に出会った。毎日が刺激いっぱいだった。

一番最初にアメリカの土を踏んだのは、なんと人種差別真っ盛りの南部、アラバマだった。到着した夜、飛行機が遅れ、宿に着いたのは真夜中。足元から崩れ落ちるほどに疲れていたのに、予約を取っていたホテルで、他のモーテルに行けと宿泊拒否にあった。うわあ、これが人種差別だ。しかし怒りというより、変な国だなあ、おもしろいんじゃないかと思ったのは不思議だ。日本では決して起こり得ず、異国だからこそこんな体験をした。若さという体力、気力、好奇心に溢れていたからだろう。何も怖くなかった。それに、初めて見るアラバマの広大な自然は人間の醜い争いを吹き飛ばした。プランテーション時代の面影を残す白いお屋敷、モスが垂れ下がった大木。その独特の南部の風景に魅了され、夢見心地だった。私のアメリカはアラバマから始まった。

2週間後には、バスに揺られガルフコーストに沿って、どこまでも青い海を見ながらニューオーリンズに着いた。優雅な装飾が施された由緒ある建物、花々が咲き乱れる庭。夜はフレンチクオーターのあちこちのバーで、開け放された窓から生のジャズが鳴り響く。店内に入れない黒人の子どもたちが、外の窓辺で踊り狂っていた。ケラケラ笑う彼らの明るい笑顔が忘れられない。魅惑的な夜が人種差別も労働の疲労もみんな呑み込み、流してくれた。遊覧船に乗りミシシッピ川を下れば、マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』の世界だった。

アトランタも青々とした緑が豊かな町だ。空も森も町並みもすべてがゆったりと大きく、余裕がある。この地でマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』が生まれた。テキサスのデパートで働いていた時、来客の大部分は自家用飛行機で買い物に来ていた。土地の広さを実感できたのは、そこからシカゴに飛んだ時だ。下を見ると、1時間以上同じ田園風景が途切れることなく続いていた。狭い日本なら一瞬のうちに風景が変わる。ああ、こんな大きな国と戦争をしても、島国日本が勝てるわけがない。土地の大きさ、物質的豊かさの格段の差を、その時に実感した。

シカゴは、ミシガン湖から吹きつける凍りつくような風がビルとビルの間を吹き抜ける。夏でも冷たいその強風こそがシカゴ名物。風は、顔も手も体からもすべての水分を奪い取り、肌も唇も喉も髪もカラカラにする。厳しい町だが、清冽な空気に力が湧く。

若く純粋な目には、アメリカのどの土地もそれぞれ魅力的に映った。ここに住んだらどんなにおもしろい日々を過ごせるだろうかと、いつも夢想していた。

あれから40年の歳月が流れた。今はどの町にも日本人が住み着き、しっかり生活の基盤を作り、唯一無二の豊かな人生を作り上げているだろう。若者を受け入れる準備もある。夢中で生きた日々を振り返ると、知らないうちに自分の後ろに道ができていた。ああ、これで良かったのだ、生きるってこういうことだったんだ。そう思っているに違いない。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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