解雇は珍しくはない。でも「解雇は簡単」は間違い!

“You’re fired!”―上司に解雇を告げられ、段ボール箱に荷物を詰めてオフィスを去る。

こんなアメリカ映画の一シーンを見たことがある人も多いのではないでしょうか。
そこでよく耳にするのが、「At willなので、簡単に解雇できますよね?」「即日解雇してもいいですよね?」などといった質問。

今回は、日本ではあまり馴染みのない「解雇文化」に関して雇用主・労働者双方の視点から解説します。

1. 基本となる概念

終身雇用の文化がアメリカに存在しないことは、[転職大国アメリカ]の記事にてお話しましたね。
人材の流動性を支えるもうひとつのファクターとも言えるのが “at-will Employment”という雇用概念。

at-will雇用(アットウィル雇用 | 随意雇用)とは
期間の定めのない雇用契約において、雇用者・被雇用者のどちらからでも・いつでも・いかなる理由でも・理由がなくても自由に解約できるという原則

参照:Wikipedia

つまり、雇用は双方の自由意志(will)に基づくものである、というもの。よって、被雇用者は理由の有無・内容に関わらず自由に企業を辞めることができます。同様に、雇用者も理由の有無・内容に関わらず従業員を解雇できます。

内定受諾時に受け取るオファーレターや、就業規則を示した従業員ハンドブックに記載されているケースが多いでしょう。

2. 雇用主目線で

そこでよく耳にするのが、「At willなので、簡単に解雇できますよね?」「即日解雇してもいいですよね?」などといった質問。

残念ながら、その質問には声を大にして「NO」と回答をさせていただきたいです。
ここは訴訟大国アメリカ。慎重すぎるほど慎重に判断を下し、計画的すぎるほど計画的に次のステップを踏むことをお勧めしたいです。

例外ではないですか?

まず注意してほしいのは、法を遵守しているかという点。
先述の通り「いかなる理由」でも解雇は可能です。しかし「”法が許す範囲”でのいかなる理由」である必要があります。

以下はアットウィル雇用の例外ケース、つまり解雇理由として禁止されており、不当解雇の対象となる一例です。
これらに限らず所属している連邦や州で様々な基準が設定されています。担当の弁護士様に相談の上、判断を仰ぐことを推奨します。

概要具体例
黙示契約に反する解雇従業員に「良い仕事をすれば仕事が保証される」等と暗示していたのに解雇するケース ※通常、黙示契約(フォーマルな契約ではなく口約束)は基本的には米国では効力を持ちませんが、この状況下では判断材料のひとつとなってしまいます。
市民的権利に反する解雇例えば「陪審義務を果たす」など市民としての任務を全うする為に仕事に影響が及んだ場合、それを理由に解雇するケース
誠実公正義務に反する解雇「年金受給権限が有効となること」などを理由に解雇するケース
公益通報者保護法に反する解雇会社の違法行為や不正を内部告発したことを理由に解雇するケース
差別に基づく解雇人種・肌の色・宗教などを理由に解雇するケース

適切なステップを踏みましたか?

上記の例外に該当しない場合、即日解雇は問題ないのでしょうか?
こちらにも、強くNOという回答をさせていただきたいです。

繰り返しになりますが、ここは訴訟大国アメリカ。誇張表現になるかもしれませんが、日本の方が自販機で飲み物を買うような感覚で、日々至る所で一般市民による訴訟が起きています。

例として以下をご紹介させてください。

ファストトフード大手のTaco Bell社は、「従業員に同社商品の割引を提供したこと」で社員から集団訴訟を受けた。

「え?!会社はいいことをしたのになぜ?」と思いませんか?

社員の言い分は「割引を提供する=食事中職場に残ることを強いられ、食事休憩を妨げられた」です。
我々日本人からすると驚嘆するような感覚ですが、これが通用するのがアメリカなのです。

もうひとつ面白いデータをご紹介しましょう。
カリフォルニア州弁護士会によると、2020年3月時点で人口約4,000万人のカリフォルニア州において、30万人近くの弁護士が存在しています。どれほど訴訟が多く存在するか、ご想像いただけますでしょうか。

また、以下はEEOC(米国雇用平等委員会)調査による、2019年に起きた職場関連の訴訟に関するデータです。訴訟の原因は、53%が「会社への報復」と半数以上を占める結果となっています。

つまり、従業員に訴える動機を最も与えやすいのが「解雇」のタイミングなのです。仮に従業員側に非があると考えられる場合でも、誤解を与えないよう、石橋を叩いて渡る姿勢で挑みましょう。

以下は大手人事ソフトウェア企業Workableによる、解雇前にとるべきステップの例です。

また、上記のステップにおいては以下を意識し、最終手段として「解雇」という選択肢をとることが賢明な判断でしょう。

  • ジョブディスクリプションや従業員ハンドブックを活用し、期待値を明確にすること
  • 従業員に歩み寄り、共に改善を試みること
  • 客観的に評価が分かる記録を残すこと

3. 労働者目線で

心構え

厳密に言うと、解雇には2つの種類が存在します。

  • Layoff | レイオフ
    会社都合で解雇すること。例えば業績不振による規模縮小、組織再編成や合併による人員削減やポジションクローズなど。もともとは”一時的”解雇を指しており、再雇用が行われるケースもある。
  • Termination | ターミネーション
    従業員の勤務態度やパフォーマンスを理由に解雇すること。

こでお伝えしたいのは、前者は防ぎようがないということ。そして、珍しいことではないということ。以下のニュースは、記憶にも新しいでしょう。

4,000名の社員を2019年シェアオフィスビジネスで知られるWeWork社が解雇

5,000名の社員をIT企業最大手Microsft社が解雇

日本では「リストラ」という言葉がどこか独り歩きし、「職を失うこと=世間体や名誉な全てを失うこと」と考える方も多いと聞きます。
もちろん職を失うということは、決して喜ばしいことではありません。ただ、ネガティブにとらえすぎる必要は必ずしもありません。アメリカでは、再就職の際マイナスに動くこともありません。

失業してしまったら

解雇されてしまった場合、以下のような手当が受けられます。

  • 8Severance Agreement | 別離契約書
    レイオフであった場合、会社から退職金が支払われることがあります。金額はケース・バイ・ケース。尚退職金に関する記述に加え、訴訟行為・競合他社への転職や競業の開業・企業情報秘密漏洩を阻止する内容を含むこともあります。契約書をよく読みましょう。
  • Unemployment Benefit | 失業保険
    要件を満たす場合、失業保険を受給できます。以下は、 ニューヨーク州の労働局による、失業保険申請の案内です。 ビザホルダーの方は、お持ちのビザや有効期限によって、冒頭の条件のうち3つ目「次の仕事の準備が整っていること」が満たせない場合があります。
  • 申請方法は比較的簡単です。州や政府のWEBサイトから申請後、審査がなされ、必要に応じ電話もしくは対面のインタビューが行われます。これは、雇用主側と失業者の間で主張の食い違いないかを確認するためのものです。
    州により異なりますが、給付期間は大部分が26週間=6ヶ月間とし、給付額は平均して週当たりの賃金の50%(※上限あり CA州$450/週 NY州$504/週)です。各州の労働局が給付額を計算できるWEBサイトも用意しています。参考にしてみてはいかがでしょうか。また審査期間として、給付開始までは3〜6週間待つのが一般的です。
  • COBRA | コブラ
    退職もしくは解雇に際し勤務先から提供される団体保険の加入資格を喪失した場合、任意により一定期間継続加入が可能です。 これは次の勤務先が決定するまでの無保険期間をカバーする為のシステムで、退職の場合は最長18ヶ月、配偶者との死別などの場合は最長36ヶ月とされています。
    ただ保険料は全額自分で負担することになる為、自身の予算にあった保険に自分で加入するケースが多いようです。
  • その他
    キャリアセンター、日本で言うハローワーク(公共職業安定所)が各自治体にあり、再就職のためのプログラムを用意していることも多くあります。例えば、就業の為のコミュニティ・カレッジ学費の免除、無料カウンセリング・レジュメの書き方指導等です。お近くのロケーションに行ってみてはいかがでしょうか。

雇用主も労働者も「解雇」を他人事と捉えず、正しい知識を持って日頃から備えることで、アメリカでのジョブマーケットを上手に渡り歩いていきたいですね。

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ロサンゼルスを拠点とし、アメリカ全土を対象にHR・人材ソリューションを提供するリクルーティングエージェンシー。
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