保険ブローカー
石和田 貴光

文/福田恵子 (Text by Keiko Fukuda)

 高度な資格や専門知識、特殊技能が求められるスペシャリスト。手に職をつけて、アメリカ社会を生き抜くサバイバー。それがたくましき「専門職」の人生だ。「天職」をつかみ、アメリカで活躍する人たちに、その仕事を選んだ理由や、専門職の魅力、やりがいについて聞いた。

「明確な目標設定と強い覚悟で 本業とバイトの傍ら準備を続けて起業」

 日本の大学を卒業後、営業職として出版社で勤務しながら、渡米資金を貯めました。渡米したのは2001年。ロサンゼルス近郊の日系の出版社で、平日は広告営業に携わりながら、週末や祝日には日本食レストランでウエーターのアルバイトを掛け持ちして起業資金をコツコツと貯金しました。もともと30歳までに独立するという目的で渡米した私は、保険業への転身をめざしていたからです。

 なぜ保険なのか? それは、日本と違いアメリカでは、保険が人々の暮らしに占める割合が非常に高く、毎月の生活費の中でモーゲージに次ぐ額になり、それだけのことを任せていただくということに強い使命感を感じたからです。独立をめざすからには、最初から保険のブローカーライセンス取得が必要でした。そのために、自由な時間はいつもカフェや図書館で保険とファイナンスに関する勉強に取り組み、準備には数カ月を費やしました。

 2005年9月にライセンスを取得し、同年12月晴れて起業しました。しかし、アメリカの保険に関する実績がゼロからのスタートでしたので、なかなかお客様がつかなくて大変でした。ヒントを求めて本を読んだり、自分でもいくつもの保険商品を購入したり、身銭を切りながら実体験として保険を学びました。

 実は子供の頃、ほとんど本を読まなかった私ですが、起業当時の「手当たり次第に本を読む」のが習慣となり、今では月に30冊は購入します。その多くが経営とファイナンシャルに関する本です。1冊の本の中には貴重な経験や知識がぎっしりと詰め込まれています。人間は無知の状態から学び続けることで知識を身につけていくことができ、どれだけの情報を持っているかで人生の質が変わると私は信じています。

大切な人を紹介していただけるように

 この仕事でやっていこうと思った最初の転機は起業2年目に訪れました。医療保険で一番安いプランか、二番目に安いプランか迷っていた学生さんに、渡米当時の自分の姿が重なりました。二つのプランの違いを一生懸命に説明したところ、納得して決断してもらえて、契約完了後、「石和田さんにお願いして本当に良かったです」と言ってもらったのです。その時は嬉しさのあまり、思わず涙がこぼれました。役に立つことができた喜びが、この仕事を継続させていこうというモチベーションにつながったように思います。その後も一貫して、問い合わせには誠意を持ってできるだけ早く対応すること、また、できることとできないことをはっきり伝えることを心がけています。

 保険の仕事に向いている人はどのような人かと聞かれたら、「素直な人」「マメな人」「努力する人」だと答えます。逆に向いていないのは「約束が守れない」「時間にルーズ」「苦手なことを克服、改善しようとしない人」だと思います。

 今後の保険業界の先行きにはついては、2014年以降の医療保険制度の改正により、医療保険業界全体のルールが根底から変わる革命的な時期に差し掛かります。変化を恐れず、今まで以上に新たな知識取得に努めていかなければなりません。

 私のこの仕事におけるゴールは、お客様が一番大切な人に私の会社を推薦してくれるようになることです。そして10年後には、築いてきたネットワークがさらに大きく広がっていく姿を想像しながら、日々、業務に取り組んでいます。
ishiwada-san

My Resume
●氏名:石和田貴光(Takamitsu Ishiwada)
●現職:保険ブローカー(イシワダ保険エージェンシー代表)
●前職:日本の出版社営業職→在米日系出版社営業職
●取得した資格:California Life, Accident and Health Insurance
●ビジネス拠点:カリフォルニア州全域
●その他:顧客はカリフォルニア州全域の個人法人を対象に、生命保険、医療保険、年金プランを扱う。2009年から5年連続でアメリカ最大手保険会社Anthem Blue Cross社の売上上位1%にランクインし表彰を受ける。
●ウェブサイトなど:www.ishiwadains.com

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

この著者への感想・コメントはこちらから

Name / お名前*

Email*

Comment / 本文

この著者の最新の記事

関連記事

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
アメリカの人材採用

注目の記事

  1. 九州より広いウッド・バッファロー国立公園には、森と湿地がどこまでも続いている ©Parc nati...
  2. 2022年12月9日

    住みたい国
    熊本県八代市の「くまモンポート八代」で 8月の終わりから9月中頃にかけて、私とニナは日本に飛...
  3. 2022年12月7日

    日常の些事
    冬の落ち葉 年齢を重ねると、だんだんと感動が薄くなるとはよくいわれる。ほとんどのことは過去に...
  4. 2022年12月6日

    美酒と器
    酒器の種類 酒器にはさまざまな素材、形のものが存在する。適切な器を選ばないとお酒本来...
  5. 契約上のトラブル 広範囲にわたる法律問題を扱う弊社にはさまざまなお問い合わせがありま...
  6. この号が出る頃、私とニナは日本での3週間の滞在を終えてアメリカに戻っているはずだ。ニナにと...
  7. 2022年10月7日

    森英恵の反骨精神
    裏庭の蝶 ファッションが好きな女性はたくさんいるだろう。私もその一人だ。休日の気晴らしは以前...
  8. およそ2000人の作業員により、6年間で建設されたリドー運河 カナダの首都オタワと、5大湖の...
ページ上部へ戻る