第25回 プラントだけ下さい

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 春先は桜見物に米国から日本に帰る人が多い。あの白でもない、ピンクでもない「桜色」としか形容できない花に、我々は長年心を奪われてきた。一輪でも可憐な風情がいとおしく、一枝にたわわに花が群れていれば、豊かな優しさに包まれる。いつの日か「桜を見に日本へ帰る」という優雅な旅をしてみたいものだ。

 春は私には野鳩が子供を産みに、我が家の裏庭のパティオに帰ってくる季節。パティオの上を樹齢20年の赤いブーゲンビリアがおおっている。大木である。その下に野鳩が巣を作る。花の傘にまもられて、ひながかえる。

 鳥はわずかな人の気配にも、サッと飛び立ってしまう。野鳩も例外ではない。人間から用心深く距離をおく。ところが一旦産んだ卵を暖め始めると、全く変わる。人が近づこうが、目線が合おうが、微動だにしない。その変わり様にいつも驚かされる。

 春は暖かい日があるかと思うと、思いがけなく嵐が来たりもする。大雨にもなる。母鳥はぬれそぼっても、頭をたれ、体を膨らませて、じっと卵を暖める。何週間も飲まず食わず。銅像のように動かない。そのあいだ、オスは全く姿をみせないが、子供が生まれると、どこかからともなく現れる。一体どうやって連絡しあうのだろう。オスがひなを見守り、母鳥はえさを探して来て、ひなに与えている。目前で繰り広げられる自然界の営みは、見飽きることがない。

 鳩が来て巣を作り始めると嬉しい。春だな、と思う。そしてある日、ひなも親鳥も、ふと、居なくなってしまう。居たものが居なくなる寂しさ。無事に飛び立ったことを喜ぶべきだろうが、寂しさは残る。

 元気だけがとりえの私だが、たまには泣きたい時がある。そんな時は、花の傘の下のベンチが私の治療室。ここで庭をぼんやり眺める。裏庭はなだらかな坂で、様々な花が咲いている。花の屏風に囲まれたよう。一年中何かしらの花が咲いているが、春は特にいろいろな花で一杯になり、まぶしいほどに美しい。しかし、そう思っているのは、本人だけで、他人から見れば、ジャングルのような雑多な庭にしか見えないだろう。それでもいい。ここが、一人で泣ける大切な「秘密の裏庭」だから。

ブーゲンビリアの傘 Photo © Chizuko Higuchi

ブーゲンビリアの傘
Photo © Chizuko Higuchi

 家の売買が仕事なので、引っ越す人から家具や洋服を引き取ってほしいと頼まれる。全てことわる。自分で好きで求めたもの以外は愛着がわかないものだと、長年の間に悟ったからである。が、例外が一つだけある。いつも「プラントだけ下さい」とお願いする。

 頂いたものは、絶対に枯らさない、と固い決心をして、大切に育てる。プラントにはもらった人の名前をつける。花を眺め、あの人、この人を思い出す。太陽熱で体がぽかぽかになったころ、冷たかった胸も暖まる。治療終了である。元気になって立ち上がる。

 私の趣味は「種からプラントを育てること」種は公園で拾って来たり、近所の庭に落ちていたりしたもの。まあ、なんと安上がりの楽しみだろうと、我ながらあきれるが、これが結構楽しい。

 一つのトマトから毎年種を取り、それを翌年植え、を6年繰り返したことがあった。2年生のトマト君、3年生のトマト君とよんで育てていたが、7年目に突然プチトマトになってしまった。訳がわからない。春先の公園にピンクのランのような花が無数に咲く木がある。それを桜代わりに見ているが、その種を植えた。3年後の今は2メートルの木になっている。小さな種が、土と水と太陽で大きく育つことは理屈では解っていても、目にする度に凄いものだと感心する。

 私たちも毎日少しずつ成長していると信じたい。振り返ると、やり遂げた沢山のことが残っていると信じたい。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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