第39回 クロッシングガード

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

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 クロッシングガード…。日本では「緑のおばさん/おじさん」と呼ばれる横断歩道での交通整理係のこと。学校前の信号のない道路を子どもたちが無秩序に渡ろうとするのを仕切ってくれる。子どもたちの命を預かる重要任務だ。

 私にはお気に入りのクロッシングガードがいた。息子ノアが中学に通っていた時から、学校前で大勢の歩行者たちと保護者の運転する車に指示を出して、交差点をコントロールしていた白人男性ロバート(仮名)で、年の頃は70歳前後。彼は学校がある日は毎日休みなく道路に出勤し、黄色いベストを着用して働いていた。学校近くの数カ所で、場所によっては信号がある横断歩道にもクロッシングガードはいた。しかし、ロバートは他の人とは違っていた。指示を出す時は軍隊の鬼軍曹のようなオーラを放つ彼には、誰しもが自然と従ってしまうのだ。半面、子どもたちをまるで孫のように可愛がっていた。個人的に話したことはないが私の目にはそう見えた。

 ノアが中学を卒業した2年後、今度はニナが同じ中学に入学した。ロバートはやはりそこにいた。子どもたちとジョークを言い合いながらも、きびきびと指示を出す、その姿を変わらず頼もしく感じた。

 ある朝、横断歩道の前でニナを車から降ろし、いつもロバートが車や人をさばいているコーナーを曲がろうとすると、いつもとは雰囲気が違うことに気づいた。誰も横断歩道を渡ろうとしない。車もいつもだったら指示通りに進むのに、指示を出す彼がいなかった。角を曲がるとその理由がわかった。歩道に自転車を倒したニナの友達のサーラが泣きながら立ち尽くし、その横でロバートが電話をしていた。転倒して負傷したサーラのために、彼は持ち場を離れて、救急車を呼んでいたようだ。

子どもの安全を守る

 私はいつかロバートに取材したいと思っていた。やりがいについて聞きたい、そして顔なじみになって、ニナが卒業する来年の6月に、ノアの時にお礼できなかった分まで彼に贈り物を渡そうと。ところが9月末のある朝、彼は交差点から突然姿を消した。その日から、交差点はカオスとなった。ある日は教頭先生が交通整理をし、別の日は警官が立った。しかし、ロバートのようにはいかない。

 彼はバケーションに行ったのだろうか? それとも病気だろうか? その答えをニナに聞いても「知らない」と言うばかり。そんな時、いつものように私が学校前の交差点を右折しようとした時に、右側斜め後方に路上駐車していた車が急に前進してきた。私が停まると相手も停まるという具合で往生した。それまで何もしなかった警官が近づいてきて私に「右側にいる彼女が優先だ」と注意したので「彼女が急に出て来たと思ったら、急に停まった。何をしたいかわからなかっただけだ」と不満をぶつけてしまった。ロバートがいればこんなことは起こらない。私は交差点を避け、少し手前でニナを降車させるようになった。

 それでも私はラッキーだった。ある日、ニナが「学校の前の交差点で親同士の車が衝突して事故になったんだよ」と教えてくれた。やっぱり…。そしてその翌朝、「なかなかロバート戻ってこないね」と言うと、ニナが「彼はクビになったんだよ」と言った。「子どもとふざけるからよくないって、誰かの親が警察に通報したんだって」。なんてこと! あれだけ子どもたちとその親のために貢献してくれていた彼が簡単にクビになるなんて。そこで、私は市の警察のウェブサイトに行き、初めてクロッシングガードについて調べた。

 そこには「警官ではないが、市の警察によって訓練、管理されるパートタイムの職員。クロッシングガードコントローラーによって子どもの安全を守るにふさわしいか、常に監督される」と書いてあった。つまり、ジョークを言ってふざけ合う彼の態度が、安全を守るにふさわしくないと判断されたということか。真相はわからない。

 いなくなって初めてその人の重要性がわかる時がある。今、ニナの学校の生徒や保護者を含む関係者はそれを実感しているのではないだろうか。彼の処分が謹慎程度であればいいのに、と心から願っている。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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