第48回 テスト

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

飛んでいく本たち
Photo © Chizuko Higuchi

 米国では専門職として働くのに、色々なライセンスがある。一度そのライセンスを取れば生涯有効のものもあれば、何年か毎にテストを受け、更新しなければならないものもある。不動産エージェントと公証人の資格もそうだ。どちらも4年毎の更新だが、時期がずれていて、私の場合は2年に1度、どちらかのテストに頭を悩ませることになる。不動産ライセンスは数科目を数時間勉強し、それぞれのテストを受け、ライセンスを更新する。

公証人のほうは、丸1日、セミナーを受講し、その日の最後に50分間のテストで合否が決まる。早朝から夜までかかるが、1日で全て終るところがいい。セミナーは大体ホテルの会議室が会場だが、60-70人前後の生徒が集まる。いつもこの資格を取るためにどうしてこんな豪華な会議室が必要なのだろうと不思議に思うが、そんな会場で行われる。仕事で必要だから、会社から資格を取りに来ている人が大半で、30-40代が多い。無意識に自分と同世代の人を探すが、私以外にアジア系はたったの一人。おそらくベトナムの人だと思うが、その女性も私より若そうだから、その教室での最高齢者は60代半ばの私のようだった。

ライセンスを最初に取ったのは16年前だった。資格があれば仕事上都合が良い。おまけに日本政府に提出する在留証明書を、運転が出来ない高齢の日本人の方に公証でき、重宝される時もある。本来の目的ではなかったが、お役に立てるなら嬉しい。

セミナーに出る時は座る位置を決めている。講師の向かって左の前から2列目の中央の端。この位置が講師の顔が良く見え、講義も聴きやすく、プロジェクターもよく見える。難点は講師からよく見えすぎ、運悪く質問を受け、恥をかく危険な場所でもあることだ。引っ込み思案の私にはこの席に座るのは、ちょっと勇気がいる。座った後も後ろの人に邪魔になっていないか、気になる。後ろからは丸見え、数少ないアジア系、おまけに老齢。むずむずもする。

でも、これにはわけがある。この公証人のテストを受ける時、今回は、ひょっとして落ちるかも、と、不安にさいなまれるからだ。1日がかりで受けた講義のテストを夕方受け、合否が決まるというのは、英語が母国語ではない人間には辛いところがある。とにかく、講義だけはしっかり聞きたい。それで恥も外聞もなく、真ん中に座ることになる。

当日は朝7時半に家を出て、8時会場のホテルに着く。すぐに、写真を撮り、両手の指紋を採られる。セクレタリーオブステイツ発行のライセンスだから、犯罪歴がないか調べられる。9時から4時まできっちりとセミナーが続くが、4時に講師一団が退場し、代わって政府派遣の試験官3人が来ると雰囲気が一変する。テストというのは、どの国の何のテストであろうと嫌なものだ。ましてや米政府の試験官となるとなんとなく物々しくなり、まるで映画の中に出てくる冷血動物みたいに見える。仕事だから、仕方がない。

日本で教わった遠い昔を思い出し、テストのテクニックを頭の中でくりかえす。まず、やさしいものを先に、解からないのはとばす。一巡りしたら、とばした問題に帰り、答えを推測するが、基本は捨てる。これで、ギリギリ50分まで粘る。低空飛行の私には1問が合不を決めるかもしれない。30分を過ぎると周りの人が次々に居なくなる。彼らには簡単なテストなのだ。それはわかっている。でも私には時に質問の内容さえよくわからないことがある。タイムと言われて、顔を上げると、部屋に残っているのは、私一人だけだった。試験官の冷たい視線を浴びる。

誰も居ないパーキングにとぼとぼと帰り、車に座ると疲れが押し寄せた。誰かから風邪をもらったようで、悪寒が走る。疲れて震える手で今日1日チェックできなかったメールを開けた。するとそこに見知らぬ読者の方から1通のメールが届いていた。エッセイを読んでいる、頑張って、と書かれていた。胸に熱いものがこみあげた。なんというタイミングだろうか。

私は車の中に残っていたバナナを食べ、水を飲み、エンジンをかけた。夜はすっかり暮れていたが信号の赤や青の色が綺麗だ。車のライトが生き物のように美しく流れている。テストに落ちたら、また、受けなおそう。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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