
Photo © Richard Fukuhara / Hollywood News Wire Inc.
昨年、日本で公開された時から待ち望んでいた映画がある。18歳で嫁いだ主人公すずの戦前と戦時中の生活を描いたアニメーション『この世界の片隅に』だ。こうの史代原作の同名漫画の映画化となる本作は、小規模上映でスタートするも口コミでロングランとなり、各映画賞を受賞した。戦時下に生きるすずの毎日を生活感たっぷりに描き、柔らかいタッチの絵柄もあって戦争の持つダークなイメージとは一線を画す。しかし、後半は戦争がもたらす非情な悲劇を突きつけ、そのコントラストに感情をより揺さぶられる。当時を知る人たちから広島の町並みなどを徹底的にリサーチして作り上げた片渕須直監督に本作への想いを語ってもらった。
「アニメーションは、奇抜で非現実的なものから入っていくことが多いんですが、ぼくは現実的な普通の日常生活みたいなところから始めるのが好きなんです。こうの史代さんの作品とぼくの作るものは共通点があるから、手がけるといいんじゃないかって言われて読んでみた時、最初に出てきたのが服を縫うエピソードだった。それから食べ物を作るエピソードもあって、手順が紹介されている。ぼくが『名犬ラッシー』(1996年のテレビアニメ・シリーズ)でやったようなことだったんです。でも同時に(『この世界の片隅に』では)戦艦大和も出てくる。これはひょっとしたらより重要なことかもしれないなと思いました。というのも日常生活をそのまま描いても、ある種のお客さんには意味が把握されないまま終わってしまうかもしれない。普通の事にはスポットライトが当たりにくいけど、戦争という影が生まれれば、背景として存在していれば、スポットライトを当てなくても自ずとして光が生まれ、普通のことに光が当たるのではないかなと思ったんです」
戦争が犯す罪
背景である戦争が登場人物たちの人生に多大な影響を与える様をも描く本作。片渕監督自身、平和への願いをどう昇華しようと思ったのだろうか。
「それぞれ『自分はこうでありたい』と思う生き方ができることが望ましいと思っていますが、それはいろんなものによって阻害されてしまう。例えば交通事故とかね。戦争はその中でも一番大きなものとして働く力だと思っていますが、戦争だけがいけないのではないとも思っています。ただ、戦争は非常に大きな力であり、なおかつ個人の可能性の目をつんでしまうものであるというのも確かにあります。だから、すずさんの何が可能性なのかを描くことによって、戦争が犯す罪を明らかにできたらと思いました」
エンドロールで語る
作品が完成した時、予想していたのと違う印象を持った片渕監督は、あるイラストを加えることにしたという。同イラストを見た瞬間、筆者の涙腺ダムが決壊したのは言うまでもない。理由は観てのお楽しみだ。
「戦争が個人を脅かす力というのは非常に強く、画面に全部の音を入れた時、すずさんが結果的に救われていないなと思ったんです。そこで、次の日に描いたのがこれ(エンドクレジットに出てくる、すずと孤児と小姑の3ショットのイラストを見せて)だったんです。本編は終わっているけど、その先に何かできるとしたらエンディングのクレジットロールだなと。そこで彼女たちを救えないかなと考えたんです。なので劇場の照明を明るくしたり、立ち上がって帰ったりしないほうがありがたいです(笑)」
本作は、まるでドキュメンタリーを観ているような錯覚に陥る。そう感じたのは筆者だけではなかった。
「本作は、キネマ旬報のランキングなど、実写も含めた映画賞や映画祭でベストワンや数々の賞をいただきました。アニメーションという枠を乗り越えたと思うんです。お客さんによっては、アニメーションや映画を観ているような感覚ではなく、その時代に行ってすずさんの横で時を過ごしていたような気がするっていう人もいる。アニメーションでも実写と同じような訴求力を持ったものを作れるというのが分かったんです」
8月11日から全米各地で順次公開される本作。原爆を落とした国・アメリカでの反応はいかなるものになるのだろうか。
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