物流を制すものはビジネスを制すか? 第9回

皆さんは『猛き黄金の国』という漫画をご存知だろうか? 著者は『俺の空』『サラリーマン金太郎』など男気を描かせたら右に出る作家はいないといわれる本宮ひろ志さんだ。

この漫画は幕末から明治の時代を逞しく、まさに猛るが如く駆け抜けた明治の豪商、三菱グループの総統である岩崎弥太郎の一生を描いたものだ。数年前にNHKで放送された『龍馬伝』では龍馬と対立する陰気な役人として描かれていた岩崎だが、この漫画に登場する岩崎は、まさに本宮先生好みの義のために男を張る、男が惚れる英雄として登場する。

彼が三菱の基礎を築いていく過程で、日本の海運界や貿易会社、そして既報の欧州海運運賃同盟設立に大きく関わっていくので、彼の概略を紹介したい。

岩崎弥太郎の台頭

約260年続いた徳川幕府を倒し、明治新政府を樹立した薩摩、長州、土佐など雄藩であったが、倒幕に莫大な資金を使ったことからどの藩も台所事情はすこぶる良くない。とりわけ土佐藩は、藩の上層部が山内家という徳川恩顧の士族であったことから、もともと倒幕という一種のクーデターではなく、緩やかに政権を朝廷に返上して一大名としての存命を望んでおり、武力での倒幕はあまり考えていなかった。そのため、力で徳川をねじ伏せたい薩摩、長州とは一線を画していた。そこには大政奉還の起草者である土佐藩の脱藩浪士・坂本龍馬の思いも流れていた。

しかし、結果的に武力で徳川を倒した3藩(のちに肥後が参加)には、銃や大砲、弾薬などの武器購入代などが藩の借金として残った。土佐の上層部は徐々に頭角を現してきた岩崎弥太郎に対し、「お前に藩が取り扱っていた長崎での貿易実務、海援隊が残した海運実務などをくれてやる。事業を大いに伸ばせ」と激励する。そして同時に、「実務の権利をくれてやる代わりに藩の借金もすべて引き継ぎ、精算せよ」と藩の借金の肩代わりを岩崎に厳命するのである。岩崎はそれを元手に海運、貿易の事業を始める。

明治新政権は欧米列強の植民地政策の凄まじさを上海などで見聞きしているので、一刻も早く欧米に肩を並べる国をつくって行かなくてはならないと考え、国家レベルでの事業の育成を行う。日本が開国する直接的なきっかけをつくった米国は、その後も日米修好条約などを盾に貿易を積極的に進めており、それが原因で国内の物価が高くなり、庶民の不満の声も日増しに大きくなっていった。

競争の始まり

米国の貿易の輸送を一手に引き受けていたのが、PACIFIC MAIL社という米国の郵便輸送会社だ。PM社は日本と上海の間の航路を独占しており、高額な海上運賃は貿易で富を増やそうとする当時の日本の政権や実業界にとってはゆゆしき状態だった。

そんな状況の中で、土佐藩から海運事業を引き継いだ岩崎弥太郎が登場し、PM社に殴り込みをかけるのである。岩崎はPM社の顧客にPM社より大幅な値下げをした運賃を提示し、顧客を次々に奪っていった。岩崎も、また岩崎の会社も利益を削ってコスト削減をし、運賃競争を展開した。

合理的な判断をするPM社は、横浜と上海の間の運賃が半分以下になった段階でビジネスに見切りをつけ、早々と米国に戻っていった。岩崎は、その頃には自社の社名を土佐の三つ柏をイメージし、「三菱」と呼ぶようになっていた。岩崎の三菱が、日本を震撼させた米国の蒸気船会社PM社を追い落とし、航路から撤退させたのだ。

ここで岩崎は、横浜・上海間の航路をメイン航路として徐々に利益を上げていくことになる。しかし、その影で米国船社PM社の撤退を知り、航路の既得権益を奪おうと動いた会社があった。英国の蒸気船会社P&O社である。開国したばかりの日本の産品が海外で高額で売れることから、P&O社も横浜・上海の航路を狙っていたのだ。

英国から7つの海を渡ってきた船社の強者達。彼らは想像以上に事業への執着が強く、三菱にとっても強敵であった。かくして、岩崎の三菱と英国のP&O社の一騎打ちが横浜と上海を舞台に始まったのだ。

次回へ続く。

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赤岩寛隆 (Hirotaka Akaiwa)

赤岩寛隆 (Hirotaka Akaiwa)

ライタープロフィール

外航海運会社で20年以上にわたり北米定期航路の集荷営業に従事。北米駐在を経て2013年9月、北米唯一の海運、港湾、物流情報発信会社SHIPFANを設立。
「日本海事新聞」紙上に「ロサンゼルス便り」、 ロサンゼルスのフリーペーパーに「物流時報」を定期掲載するほか、物流コンサルティング、物流セミナー、港湾ツアーの開催、輸出入のマッチング業務を手がけている。ロサンゼルス港に「コンテナ物流研究所」を開設。

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