
春一番のサボテンの花
新型コロナウィルス(COVID-19)の世界的大流行が起こってから、約2カ月が過ぎようとしている。世界のほぼすべての都市がロックダウンとなり、我々は家に閉じこもり、町はゴーストタウン化した。まるで映画の1シーンのようだが、恐ろしいのは、これが私たちの現実世界に今、起こっていることだ。働けない、収入がない、食料を買うお金もないという切羽詰まった人もいるだろうし、そこまで追い詰められていなくても、それぞれ異なったレベルで苦しんでいる。外出できないことがこんなにも苦痛だったとは。そのうえこれから先、社会がどう変化するのか不安でもある。
1年半くらい前から、予想をはるかに超えたハイテクの進歩に、世の中が急速に変わりすぎる恐怖を感じていた。利点も多々ある。たとえば地球の隅々の人たちにまで、リアルタイムで交信できる便利さだ。しかし一方で、働き方、生活の仕方が激変し、まるでまったく知らない別世界に移ってゆく恐ろしさをいつも感じていた。貧富の格差も激しくなり、世界の一極集中化が起こっている。そしてCOVID-19 によるパンデミックが来た。
良いことが世界中に一気に広がるなら、悪いこともそうなる。世界を巻き込んでいる新ウィルス感染対応に失敗すれば、大げさに言えば人類が生き残れるかどうか、という瀬戸際でもある。
不動産業に従事して20年になるが、その間に大きな事件が2度あった。一つは9.11であり、もう一つはリーマンショックである。9.11は、乗っ取られた飛行機がニューヨークのツインタワーに突っ込むという衝撃的な事件。一瞬のうちに3000人強の命が奪われたショックから、その後の半年間は仕事にならなかった。
リーマンショックの時はたくさんの人が家のモーゲージの支払いができず、家を失った。銀行が世界中から集まった投資金を回すために安易に貸付をし、支払いができなくなる人が続出したためだ。皆、夜逃げ同然で家を捨てた。支払いの焦げ付き物件は、安く転売される。その家を下見に行った時、クローゼットの中にはまだ花嫁衣装がぶら下がり、キッチンテーブルの上にはこどもが食べかけたシリアルがそのまま残っていた。ある朝、突然シェリフがドアをノックし、今から1時間以内にトランクに私物を詰めて家から退去せよ、と告げる。散らかった室内から、その時の家族の慌てふためく様子が目に浮かんだ。悲観した若い父親が幼いこども二人と妻を撃ち殺し、自殺した痛ましい事件も身近で起こった。
リーマンショックは1年も2年も後を引いたが、3年目には破産宣告した人の数があまりにも多かったので、通常10年はかかるといわれたクレジットの信用回復が、わずかに3年後に起こった。現金だけしか使えない生活から、クレジットカードも使え、再び家のローンが組めるようになったのである。
私は、一家を犠牲にしてピストル自殺した若い夫のことをその後もしばしば思い出した。彼はきっと真面目な人だったに違いない。だから思い詰め、ほかに選択の余地はないと早まった決断をしたのだろう。しかし、現実はたった3年後に、まるでそんなことは起こらなかったかのように元に戻ったのだ。苦しくても、赤恥をかいても、嘲笑を受けても、どうにか生きていてほしかった。生きていれば、いつかは自分の身に起こった不幸を糧に巻き返しを図れたはずだ。残念でならない。
16年前、ビジネスで大成功した方と知り合い、名刺をもらった。裏にこう書かれていた。「ビジネスで成功するのは賢い人ではない。常に変わり続ける人だ」と。その時はその言葉の意味を理解できなかったが、彼はそれを自分に言い聞かせながら次々に新しいビジネスに挑戦したのだろう。彼は世の中の動きに敏感で、即行動に移した。
COVID-19パンデミックは我々の未来を大きく変えるだろう。元の慣れ親しんだ社会に戻り、安泰な生活を楽しみたいのは山々だ。しかし社会はもう元には戻らず、私の愚痴を置き去りにしてどんどん前進してゆくだろう。どんな未来になっても自分を信じ、隣人を信頼し、人類の叡智に期待して、自分も変わってゆくほかない。世界の変化を知り、理解し考え、自分のできる最善を尽くして生きる以外ないだろう。
パンデミックのなかでも春になれば花が咲き、太陽が昇る。命の根本は変わらない。不安や絶望ゆえに自滅してはいけない。あきらめない。人類の叡智は細菌よりも優れていると信じたい。前代未聞の事態に立ち向かう生き証人になるのも、おもしろいではないか。
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