第82回 実践的教育

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

この原稿を書いている2020年4月現在、全米は新型コロナウイルスのパンデミックの渦中にある。ニナが通うカリフォルニアの学校は春休み明けまで休校が続いていたが、ついに年度終了の6月まで引き続きの休校が決定し、授業はオンラインで行われることになった。高校シニアのニナにとって、プロムはもちろん卒業式への参加もおそらく中止になりそうだ。残念だが、今はできるだけ多くの人が自宅待機することで、これ以上の感染拡大を防止しなければならない。

さて、話は休校の少し前、3月の頭にさかのぼる。ニナがプロジェクトに関してアドバイスを求めてきた。そのプロジェクトでは大学を卒業したと仮定して、どのような職業に就いていて給与はいくらで、その収入でどこに暮らし、生活費にいくら使っているかを細かくシミュレーションしてレポートにし、履歴書も作成、さらにプレゼンテーションをするのだという。

生活の拠点はどこでもいい。そこでニナはウエストロサンゼルスにある某日系企業で翻訳の仕事に就いていることにした。年収は5万ドル弱。実際まだアルバイトさえもしたことがなく、経済観念が身に付いていない彼女にとって、その収入が高いのか低いのかまるで見当が付かないようだ。その収入から住めるアパートを探したところ、エリアはなんとダウンタウンの近く。ウエストロサンゼルスの会社からは遠いし、治安も良いとは言えない。一緒にアパートをネット上で検索してみると、1000ドルで治安の良い地域に部屋を借りることなど、今のロサンゼルスでは不可能だということが分かった。しかも、そのプロジェクトの条件は「シェアハウスを含め、家族や友人と一緒に住んではいけない。自立して自分だけで物件を使用しなければならない」ということだそうだ。家賃も高いがガソリン代もバカにならないだけでなく、彼女が通勤に使う自動車は「スバルの新車」を希望しているが、とても手が出ない。ローンを組むという知識もない。

義務教育がまもなく終了

そこまで私に説明して、ニナは「ロサンゼルスで5万ドルの年収では希望するレベルの生活はできない」ということに初めて気づいたようだ。そこで年収がもっと高い仕事を実際にネットで検索した結果、ゲーム会社のプロジェクトコーディネーターを発見した。「自分はゲームが好きだし、プロジェクトの進行を管理して関与している人を取りまとめる仕事に向いていると思う。実際に何人かのチームで学校のプロジェクトをやる時は私がいつも皆をプッシュしている(!)から」だそうだ。しかし、その仕事に就くには2年の経験が必要だ。それでは大学時代からインターンをしていたことにしようと、ニナの想像はどんどん膨らむ。通う大学もエンターテインメント系のマネジメントを専攻できるところを調べて、そこに決めた(あくまでプロジェクトでの仮定の話)。

そうやって、実際に調べながら、将来像を描いていくと、自分が何をやりたいのか、何に向いていそうか、そして、その仕事に就いた時にどのような生活が送れるかがより鮮明になってくる。私が数十年前に日本の高校に通っていた当時、このように自分の将来をイメージできるような実践的な教育はなく、ただひたすら大学に合格するための受験勉強一筋だった記憶しかない。

アメリカの教育は、このプロジェクトしかり、教師の裁量に委ねられている部分が多いこと、机上の空論だけでなく、社会に出た時のことを想定して生徒たちに役立つ内容のものが多いことが特徴的だ。

もうすぐニナの義務教育が終わる。最後の数カ月は同級生たちとキャンパスで過ごすことなく、その幕が下りようとしているが、この記事が出る6月にはコロナウイルスが収束に向かっていることを祈るばかりだ。そして、次の号では秋からニナが進学予定の大学に関する体験談をシェアしたいと思っている。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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