デザイン思考ブームとデザインウォッシングの発生

「デザイン思考」「ヒューマンセンタードデザイン(HCD)」などの言葉が幅広く使われるようになり、さまざまなビジネスでそのセオリーが活用されています。これまで重きを置かれなかった「デザイン」という分野が重要視され、アメリカでもここ10年ほどで多くのコンサル会社がデザイン会社の買収をしたり、デザイナーがCレベル以上の役職に就くといったことも増えています。組織の重鎮が集まる重要な会議でデザインの話が上がることも珍しくなくなりましたが、一方で、それらの表面的なベネフィットを受けようと、真髄を知らずデザイン思考を取り入れているアピールも目立ちます。

数十年ほど前にエコがブームになり、さまざまな企業が見た目だけグリーン化した「グリーンウォッシュ」。同様に、最近のデザイン思考ブームを受け、デザインを履き違えて公表していることを「デザインウォッシュ」とデザインを研究する私たちはラベリングしています。

AppleやTeslaの成功事例に基づき、思い立ったようにデザイン会社を買収したりデザイン部署を立ち上げたりしたところで、良いデザインの商品が生まれるわけではなく、日常のデザインに対する姿勢から良いデザインは生まれます。見た目をカッコよくしただけで「デザインを重視しています」という提示は、デザインの定義が間違った認識で定着してしまう恐れがあり、またデザイナーの成長も妨げてしまいます。

デザインのプロセスとは、何かを参考にかっこいいと思ったものをコピーするのではなく、実際に使ってみてどうなのか、実際に使う人がどう思うのかという部分を重視し、文字通りユーザーを中心に考えてみるということから始まります。かっこいいと思われるものを押し付けるのではユーザーセンターの真逆であり、「どうしたら喜んでもらえる商品やサービスを提供できるか」というおもてなし精神が重要です。

Adobeを巧みに使いこなせることがデザイナーの仕事と思っている学生も多く、実は泥臭いデザイナーの仕事にがっかりするデザイナー志望もいるかもしれません。デザイナーは現場にいる人間であり、打ち合わせやパソコンに向かう作業以外に「ユーザーリサーチ」という重要な業務を本当に興味を持って取り組めるかということが「デザイン思考」の思想において大切です。新しいデザインを提供することはエキサイティングであると同時にリスクも高く、また、有効なユーザーリサーチには時間と忍耐が必要です。ネット検索で容易に得た情報をベースにユーザーのニーズを想像するのではなく、実際にユーザーと同じ経験をし、共感することでニーズにあったものが提供でき、それこそがユーザービリティの向上に繋がります。

次回の記事では、実際どのように有効なユーザーリサーチを行うかを掘り下げます。

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Mieko Murao

Mieko Murao

ライタープロフィール

2001年株式会社グラフネットワーク設立。2011年に拠点をアメリカに移し、グラフネットワークアメリカ支社を設立。Web制作業務だけでなく飲食店の経営やプロデュースなどを経験し、企業や飲食店のバックエンドシステムの構築、アプリの開発など “よりビジネスを効率良く” するためのツールを企業の要望に応じて提供。多くの日系企業のIT化に一役買っている。子育てと仕事の傍ら、MITのIntegrated Design and Management修士課程プログラムにて、Human Centered Designを研究中。また、ボストンにて日本の生活用品を紹介し、新しい消費スタイルを提案するCrand and Turtleという小売店プロジェクトも展開している。

Graphnetwork, Inc. (USA) Founder, CEO
Graphnetwork, Inc. (Japan)  Co Founder, Former CEO
Crane and Turtle  Owner

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