海外教育Navi 第63回
〜アメリカ現地校の特別指導と自己調整力〜〈前編〉

記事提供:月刊『海外子女教育』(公益財団法人 海外子女教育振興財団)

海外勤務にともなう子育てや日本語教育には、親も子どもも苦労することが多いのが現状。そんな駐在員のご家族のために、赴任時・海外勤務中・帰任時によく聞くお悩みを、海外子女教育振興財団の教育相談員等が、一つひとつ解決すべくアドバイスをお届けします。


Q.小学生の子どもがアメリカの現地校で廊下を走ったから「特別指導」をするという連絡が学校からあったのですが、どういうことでしょうか。

お子さんの学校は「PBIS(Positive Behavior Interventions and Supports)」を取り入れていて、その一環の指導とのことですが、「PBIS」に不慣れな場合は廊下を走ったくらいでオーバーだと思われることでしょう。また、そのような指導を受けた記録が残ると帰国後にマイナスの影響があるのではないかと心配になられるかもしれませんね。

まず、「PBIS」について説明しましょう。「PBIS」は現在、アメリカの多くの学校で取り入れられている「行動のための多層支援システム」です。子どもが起こした行動上の問題に対して、従来は罰を与えたり、停学などによって他の生徒から切り離したり、活動への参加を阻止したり、説諭やカウンセリングを行ったりといった指導がなされてきました。このように問題を起こした子どもに注目してその問題行動に呼応していた「反応型」(問題を起こしたから介入する)に対し、「PBIS」は問題が起こらないように事前から学校自体が何ができるかという視点で考えていく「プロアクティブ」なフレームワークです。

つまり「PBIS」では、個別の子どもをどう変えるかに注目するのではなく、問題行動の減少のためにむしろ教師のアプローチや学校環境をどう変えるかに焦点を置いています。

従来型では、「走るな」「しゃべるな」など否定的な指導が繰り返されることが多かったわりに、それに取って代わる適切な行動が教えられることは少なかったといえます。

「PBIS」ではどういう行動を取るべきかという期待像を初めから明らかにしておき、それに必要なスキルをすべての児童生徒に教えます。行動も学習と同じように「教える」ことができるという発想が基盤になっているからです。

期待される行動はいつも示されて促され、また逆に望ましくない行動は控えるように促されます。そして状況はデータ化され、変化を監視して効果の評価・検討を行い、次の介入に生かしていきます。

望ましい行動を具体例で

「PBIS」を導入している学校では、たとえば「リスペクト(敬意)」「安全」「責任感」など、3つ〜5つの目標となる柱が決められています。そして、それをたんなるお題目にするのではなく、具現化した形として行動の例を挙げて示しています。教室だけに限らず学校の中のさまざまな場所、たとえば廊下、体育館、トイレなどにおいて「リスペクト」「安全」「責任感」を行動に表すとどうなるのか、行動の形を示していきます。

「リスペクト」の例として、教室では「挙手して発言する」「人の意見も大事にする」「室内レベルの声の大きさで話す」など。廊下や階段では「静かに歩く」「並んで移動するときにはそれぞれのスペースを考える」「人の横をすり抜けるときは『失礼します』と声をかける」。トイレでは「トイレットペーパーはほかの人も使うので使用量を考える」「プライバシーを大切にする」「汚したらきれいにする」。校庭では「校庭の使用ルールや遊びのルールを守る」「順番を守る」など。集会では「静かに座って出し物を見る」「パフォーマンスをしてくれた人に拍手して感謝の気持ちを表す」という具合です。ある学校では、最上級生がこのような場面の悪い例、よい例を寸劇にして全校集会で演じて見せていました。

重要なポイントは、こういう行動を「やってはダメと言われたから」ではなく、理由(この例ではリスペクト)とつなぎ、これ以外の場合も自分で考えられるようにしていることです。具体的な行動例を出して教え、それを応用して例にない場合の適切な行動を自分で考えるように促すわけです。

よい行動は称賛され促される

今回、お子さんは不適切な行動で指摘を受けたようですが、じつはそれよりももっと多くの場面でポジティブな行動を褒められていると思います。

なぜなら「PBIS」では、望ましい行動をしているときもそれを意識できるように頻繁に褒めます。「君はいま、安全を考えて物を運ぶことができたね」「友達へのリスペクトを示した発言だったね」などと、先生が具体的に説明しながら特別な称賛チケットを発行してくれます。チケットという具体物があることで、見るたびに何度も褒められているのと同じ効果を得られます。そのチケットをみんなで箱に入れ、くじ引きのようにしてご褒美が当たるとか、学校全体のゴールを達成すれば楽しいイベントを実施するなどのインセンティブも設定されています。

子どもから見れば、そんな理由で集めたチケットですが、じつはクラスや学年単位、状況別などさまざまな角度からデータ分析され、次の指導や環境整備に役立てられています。

→「第64回 〜アメリカ現地校の特別指導と自己調整力〜〈後編〉」を読む。

今回の相談員

ニューヨーク日本人教育審議会・教育文化交流センター教育相談員
バーンズ 亀山 静子

ニューヨーク州公認スクールサイコロジスト。現地の教育委員会を通じ、幼稚園から高校まで現地校・日本人学校を問わず家庭で日本語を話す子どもの発達・教育・適応に関する仕事に携わる。おもに心理教育診断査定、学校のスタッフや保護者とのコンサルテーション、子どもの指導やカウンセリングなどを行う。

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公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

ライタープロフィール

昭和46年(1971)1月、外務省・文部省(現・文部科学省)共管の財団法人として、海外子女教育振興財団(JOES)が設立。日本の経済活動の国際化にともない重要な課題となっている、日本人駐在員が帯同する子どもたちの教育サポートへの取り組みを始める。平成23年(2011)4月には内閣府の認定を受け、公益財団法人へと移行。新たな一歩を踏み出した。現在、海外に在住している義務教育年齢の子どもたちは約8万4000人。JOESは、海外進出企業・団体・帰国子女受入校の互助組織、すなわち良きパートナーとして、持てる機能を十分に発揮し、その使命を果たしてきた。

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