海外教育Navi 第111回
〜発達が遅れ気味の小学生とともに海外赴任〜〈前編〉

Q.発達が遅れ気味の小学生の子どもを連れて初めて海外赴任をします。イギリスの現地校に通う予定ですが留意点を教えてください。

今回は、臨床心理士の視点から、海外生活でのお子さんの支援についてお話しさせていただこうと思います。

(1) 渡航後、初期に起こりやすいこと

海外生活は、新鮮で楽しい出来事を体験する一方で、いままで慣れ親しんでいた環境を失う喪失の体験をすることでもあります。

子どもは比較的早く適応できるとはいわれるものの、特に小学生のお子さんは大人から教えてもらったルールに沿って社会性を身につける時期のため、こうした言語や習慣、文化が異なる環境での生活では、いままで自分が守ってきたルールが通用しないことに大きな戸惑いを感じやすくなります。小さなことですが、ちょっとした授業での違い、たとえば日本では床に体育座りで座るようにいわれていたのにイギリスではみんなあぐらで座っていたり、友達とのトラブルでは、泣いたり、謝ったりする前に、自分でちゃんといやだと主張するように先生に指摘されるなど、はじめのうちは自分ひとりだけ正解がわからない環境に置かれ、手探りで状況を理解しなくてはいけなかったりすることが多くなります。子どものなかには学校で無力感を持ちやすくなったり、自信や積極性が一時的に失われてしまったりする場合もあります。

また発達にハンディを持っている子どもたちは、こうした自分の戸惑いや不安をことばで伝えることがあまり得意ではないため、特に家族の前では、感情のコントロールが難しくなったり、兄弟姉妹の間でけんかが増えてしまったりといった行動面でそのサインを出すことがあります。しかし、子どもたちの初期のそうした反応はとても自然なことです。

またこの時期には親御さんから「学校のことを聞いても何も教えてくれないんです」という話を聞くことがよくあるのですが、じつは親御さんが日本の学校をベースに質問していたことが、イギリスの学校では少しなじまなかったり、英語で体験している遊びなどは本人も日本語でどう答えていいのかわからずに困っていたりということもあります。そのため、初期は親御さんもイギリスの学校でのシステムや子どもの遊びについて理解を深めるようにするとともに、子どもが話したいことをサポートしてあげるような形で話をする努力が必要かもしれません。

しかしながら初期のこうした混乱は、子どもたちが家庭でしっかりと自分を受け止めてもらえることで、だんだんと落ち着いていくことが多いです。海外での生活という大きな環境変化のなかで、唯一同じ関係性があり、自分らしくいられる家族との時間や、親からの安定したサポートが提供されることで、子どもは徐々に学校生活や友達関係を含めた新しい環境を受け入れ、適応していけるようになります。

(2) 子どもの状態を学校に知ってもらうこと

しかし、発達に遅れを持つお子さんの学校生活で一つ注意しなくてはいけないことがあります。それは、さまざまな文化からの子どもを多く受け入れている現地校の先生たちは、子どもが異文化へ適応するには時間がかかることに理解があり、それはとてもありがたいことなのですが、一方で子どもの適応への基準が比較的寛容になりやすい傾向があるということです。

もちろん、どんな子どもも文化やことばに慣れるまでにはある程度の時間がかかるものなのですが、発達の問題が軽度のお子さんは、こうした文化の適応の問題の陰で、なかなか子ども本人の苦しさに気づいてもらいにくいということがあります。そのため問題が表面化するのは、本人が学校に行くことができなくなってしまってから、ということも少なくありません。

ちょっとしたサポートがあれば、もっと子ども本来の能力を発揮できたはずなのに、言語などのハンディのせいで、本人の能力を長い間、過小評価されてしまっていたということもあります。

そのため、発達の特徴や発達検査の結果など、お子さんを正確に理解してもらえる情報をすでにお持ちであれば、日本にいる時点でそれらを翻訳しておき、実際の学校生活が始まる際に、しっかりと情報を提供しておくことがとても役に立ちます。現地校でももちろんこうした発達検査を受けることができますが、やはり母国語で受ける方がお子さん本来の能力を発揮しやすくなります。

ただ、こうした発達検査を受けられる機関は日本でも数カ月待ちのことが多いので、もし渡英が近い場合には、一時帰国できる夏休みや冬休みなどの長期休みに適切な検査や助言を受けられるように事前に予約だけでもしておくのもよいでしょう。またロンドンなどの都市部では日本人の専門家が現地でそうした支援を提供してくれる場合もあります。

さらにいまはインターネットの普及に伴い、海外にいながら日本語での質の高い療育のアドバイスやガイダンスを受けることもできるようになっています。お子さんやご家族を支えてくれる専門家などの情報を渡英前からいろいろと集めておくこともよいかと思います。

→「第112回 〜発達が遅れ気味の小学生とともに海外赴任〜<後編>」を読む。

今回の相談員
早稲田大学社会的養育研究所客員研究員
臨床心理士、公認心理師、博士(心理学)
御園生 直美

白百合女子大学発達心理学研究室研究助手(助教)を経て、2009年よりThe Tavistock & Portman NHSに留学、リサーチアシスタントなどを経て現職。おもに発達障害のある子どもや親への支援やガイダンス、子育てに困難を抱える親や、里親などの社会的養護の子どもの支援を専門にしている。現在もロンドン在住でスクールカウンセラー、日本人の親子支援、子どもの養育に関係する研究を行っている。

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公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

ライタープロフィール

昭和46年(1971)1月、外務省・文部省(現・文部科学省)共管の財団法人として、海外子女教育振興財団(JOES)が設立。日本の経済活動の国際化にともない重要な課題となっている、日本人駐在員が帯同する子どもたちの教育サポートへの取り組みを始める。平成23年(2011)4月には内閣府の認定を受け、公益財団法人へと移行。新たな一歩を踏み出した。現在、海外に在住している義務教育年齢の子どもたちは約8万4000人。JOESは、海外進出企業・団体・帰国子女受入校の互助組織、すなわち良きパートナーとして、持てる機能を十分に発揮し、その使命を果たしてきた。

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