最終回 「アメリカの学校」の卒業

文&写真/福田恵子(Text and photo by Keiko Fukuda)

2024年6月14日、ニナが通うUCの卒業式が開催された。ニナは高校の頃の友人数名との旅行で、6月初旬は日本に滞在。卒業式に合わせてカリフォルニアに戻ってきたのだが、当日までにはいろいろあった。3月には単位をすべて取り終えていたこともあり、「もうディプロマはもらっているから、6月の式に出る意味が分からない。式には出なくてもいいのではないか」と淡白なことを言っていたのだ。それでも、卒業ガウンやキャップは事前に本人が購入していたので、まさか「出なくてもいい」という言葉が本気だとは私は思っていなかった。

しかし卒業式の前日、「言い出しにくいのだけど、実は親の観覧席のチケットを買うのを忘れていた」と言われた時は、頭が真っ白になった。やっぱりニナは卒業式のことを真剣に考えていなかったのだ。そこで、私はこれまでほとんど手がかからなかったニナに対して初めて強い言葉を発した。「あなたをここまで育ててきて、大学の卒業式をどれだけ楽しみにしていたか、あなたには分からないの? 卒業式はもちろん本人のためでもあるけれど、一緒にお祝いしたい人のためでもある。そこまで自分の気持ちだけで『卒業式に出なくてもいい』と言い切るのってどうかと思う」とまで言ってしまった。ニナはその母親の一方的な言葉を黙って聞いた後、パソコンを操作し、最後列の席を両親のために押さえてくれた。

そして当日、私たちは、私の友人がニナのために手作りしてくれた赤いレイを受け取ってキャンパスに向かった。学科ごとに、1日に2時間ずつ同じ会場で式が繰り返されていたため、駐車場は前の回の学生や保護者の車で満車状態。なんとか車を停めて、卒業生の列に並ぶニナと別れて会場に入ったが、持ち込めるのは「テロ防止のため、クリアバッグのみ」とのこと。そう聞いて先日、ドジャースタジアムに入場する際の「クリアバックもしくは何インチ以下のサイズのバッグのみ」という注意を思い出し、小さいバッグは持ち込めるのではないかと思ったが、サイズ指定はなくクリアバッグしか持ち込めないというのが卒業式のルールだった。この大学のキャンパスでも、数カ月前に親パレスチナ派と警官隊との衝突が発生していたので、危険物を徹底的に避ける目的だと理解した。

無事に開催され終了

式は時間通りにスタート。卒業生代表スピーチを行ったのはフィリピン系の女子学生だった。彼女は大学に進学したファーストジェネレーションであること、フィリピンからアメリカに移民してきた家族の存在がいかに自身のモチベーションの支えになったかについて、時にタガログ語を交えながら熱弁を振るった。そう、アメリカでは「その家族の中で初めて大学に進学した学生」を、「高い目的意識を持つ者」としてしばしば称賛する。彼女は自身の達成感に浸るだけでなく、「2024年の卒業生、私たちは困難を乗り越え、この日を迎えた。おめでとう」と高らかに宣言し、拍手喝采を浴びた。

続いて卒業生全員の名前が呼ばれ、登壇した学生と学科長が握手をして記念写真を撮るというメインイベントに移行。かなり終盤に名前を呼ばれたニナは、赤いレイを首から提げてニコニコしながら学科長に歩み寄り、笑顔で握手をし、そのまま壇上から去った。一時は「卒業式に出なくてもいい」と言っていたとは思えないほど、彼女の表情はすがすがしいものだった。

思い返せばニナの高校の卒業式はコロナ禍のためにオンラインでの開催だった。そして今年はイスラエルとパレスチナの紛争に抗議した学生のデモ活動が多くの大学で繰り広げられた結果、卒業式の開催が危ぶまれる事態にも一時は追い込まれた。こうして対面式の卒業式が、同じ会場で多くの保護者が見守る中、無事に開催され終了したことは、何よりも喜ばしく平和的だといえるのではないだろうか。

そして、今回で「アメリカの学校」は最終回となる。自分が学生として通ったことがなかったアメリカの学校での親としての経験談を、これまで15年にわたって書かせてもらったが、ニナの卒業と同時に私のエッセー「アメリカでの学校」は幕を下ろす。長年、読んでくださった読者の方々、これまでありがとうございました。

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福田恵子 (Keiko Fukuda)

福田恵子 (Keiko Fukuda)

ライタープロフィール

東京の情報出版社勤務を経て1992年渡米。同年より在米日本語雑誌の編集職を2003年まで務める。独立してフリーライターとなってからは、人物インタビュー、アメリカ事情を中心に日米の雑誌に寄稿。執筆業の他にもコーディネーション、翻訳、ローカライゼーション、市場調査、在米日系企業の広報のアウトソーシングなどを手掛けながら母親業にも奮闘中。モットーは入社式で女性取締役のスピーチにあった「ビジネスにマイペースは許されない」。慌ただしく東奔西走する日々を続け、気づけば業界経験30年。

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