経営を改善させる技術「ITと管理会計」

第10回 タジマ君、差額原価収益分析を学ぶ 〜買うか、作るか、それが問題だ〜

デイライトセービングも終わった11月中旬のサンフランシスコは本格的に寒さが増してくる。そんな中いつもの「居酒屋Fuji」は賑やかで暖かい。仕事終わりのタジマ君はリラックスした表情でグラスを片手にミゾグチ先生へ話しかけた。

タジマ君:先生、今日は相談があるんです。うちの取引先の食品メーカーの工場長で、僕の友人でもあるサトウさんから、『今まで外部から仕入れていたソースを、今後は自社で作った方が安くなるんじゃないか?』って相談を受けたんです。

ミゾグチ先生:なるほど、それは“買うか作るか”の意思決定だね。「差額原価収益分析」の出番だね、それは!

タジマ君:何ですか?差額原価?えぇっと、それで、ソースを製造するには新しい設備が必要みたいで、90万ドルもかかるらしいんです。それを聞いて社長さんは慎重になってるそうなんですよ。

差額原価収益分析
それぞれのオプションによる収益、費用、利益の差額を計算し、利益が最も大きくなる選択肢を選ぶ手法である。
具体的には、あるオプションを選択した場合に獲得することができる収益と、他のオプションを選択した場合に得られる収益との差額(差額収益)、そして発生するコストの差額(差額原価)を見積もり、その差額(差額利益)を算出することにより、会社にとって最も有利なオプションを選択する手法である。
なお、定量的な評価においては外部から購入が有利と判定される場合であっても、品質管理の面、供給の確実性、機密保持などの戦略面などの定性的な側面からの検討も必要とされるため、最終的にはそれらを総合しての意思決定となる。

ミゾグチ先生は箸を置いて、紙ナプキンにペンで数字を書き出した。

ミゾグチ先生:じゃあ、整理してみよう。まず“購入”の場合、
購入単価:3ドル/kg
年間数量:100トン(=100,000kg)とすると、
年間仕入額:30万ドル
になるね。

タジマ君:なるほど。年間30万ドルですね。

ミゾグチ先生:次に“自社製造”の場合を計算してみよう。
変動費が1ドル/kg、設備投資は90万ドル(耐用年数5年・残存価額ゼロ)、単純化のために他に費用は無いとすると、
年間の変動費は1ドル×100トン=10万ドル
減価償却費は90万ドル÷5=18万ドル/年
つまり合計で費用は、28万ドル/年になるね。

タジマ君:購入より年間2万ドル安いんですね!

ミゾグチ先生:その通り。1年あたり2万ドルのコスト削減。5年間なら10万ドルの差額利益になるよ。

タジマ君:でも先生、設備投資の90万ドルって大金ですよ。やっぱり初期投資が重いと“買った方が安全”って思っちゃいます。

ミゾグチ先生:そこが落とし穴なんだ。意思決定のポイントは“見た目の金額の大きさ”じゃなく、“差額原価と差額利益”の比較だよ。勘に頼らず定量的に判断できるのが、差額原価収益分析の良さなんだ。

タジマ君:なるほど…。あ、でもサトウさん、こんなことも言ってました。

『自社製造が本当に可能かどうかを見極めるために、昨年度までに15万ドルの開発費を使ったんだ。』

もしそれを含めたら、5年間で見ても結局、購入の方が5万ドルくらい有利になるんじゃないですか?

ミゾグチ先生:うん、確かにそこは重要なポイントだね。でも、その15万ドルの開発費はすでに過去に発生した費用だよね。だから、今後“買うか作るか”を決める時点では、もう取り戻せないコストなんだ。

ミゾグチ先生は、ナプキンに大きく「×」を書いて続けた。

ミゾグチ先生:このような意思決定に影響を「与えるべきでない」過去の支出を“埋没原価(サンクコスト)”というんだ。埋没原価は心理的には無視しづらくて、『せっかく投資したんだから続けよう』という気持ちを生みがちで、合理的な判断を妨げる要因になってしまうんだ。」

タジマ君:なるほど…たしかに、『せっかく開発したんだから作らないともったいない』って気持ちになりますね。でもそれって、経済的な合理性とは別の話なんですね。」

ミゾグチ先生:そう。経営判断では、“これからどうなるか”に注目しなければいけない。“過去にいくら使ったか”は、いくら考えても取り戻せないでしょ?だから差額原価収益分析では、将来に影響する差額だけを見るんだよ。

タジマ君:うーん、勉強になります!結局、数字って冷静に見るといろんな思い込みを壊しますね。

ミゾグチ先生:そうだね。数字は冷たいようで、実は経営の温度を映しているんだ。感情を整理して、合理的な判断に導くのが管理会計の役割なんだよ。

タジマ君は大きくうなずき、グラスを置いた。

タジマ君:先生、明日サトウさんに伝えます!“サンクコストに惑わされるな”って!いやー、やっぱり管理会計って面白いですね。ビールお代わり!

ミゾグチ先生:(笑いながら):さっきまで真顔で分析してたのに、急に元気になったね。でも、そうやって前向きに考えるのがタジマ君らしい。その調子で、現場と経営をつなぐ視点を磨いていこう!

グラスを合わせる音が夜の居酒屋Fujiに響いた。今日もまた、数字と経営の深い話が、温かい笑いとともに締めくくられた。

この記事が気に入りましたか?

US FrontLineは毎日アメリカの最新情報を日本語でお届けします

Tsunehisa Nakajima / Masaki Mizoguchi中島恒久/溝口聖規

Tsunehisa Nakajima / Masaki Mizoguchi中島恒久/溝口聖規

ライタープロフィール

中島恒久:(Fujisoft America, Inc. COO)
2004年に抽選永住権を取得後、渡米。ベーシストとして活動しながら飲食業、旅行業、食品卸業などで経験を積み、2015年より現職。起業の経験も持つ。グロービス経営大学院にて溝口先生から管理会計を学んだ。

溝口聖規:(公認会計士、グロービス経営大学院専任教授)
グロービス経営大学院専任教授。資格:公認会計士、証券アナリスト、公認内部監査人。書籍:「財務諸表分析 ゼロから分かる読み方・活かし方」PHP出版/MBAアカウンティング(第4版)ダイヤモンド社 連載:週刊経営財務「会計知識録~企業の会計・財務活動を解読~」

この著者への感想・コメントはこちらから

Name / お名前*

Email*

Comment / 本文

この著者の最新の記事

関連記事

アメリカの移民法・ビザ
アメリカから日本への帰国
アメリカのビジネス
STS Career

注目の記事

  1. 植民地から合衆国建国へ 18世紀半ば、現在のアメリカ東海岸にはイギリスの支配下にある...
  2. 2025年12月1日

    就職&雇用ガイド2025
    監修 STS Career https://usfl.com/author/stscar...
  3. 2025年10月8日

    美しく生きる
    菊の花 ノートルダム清心学園元理事長である渡辺和子さんの言葉に、「どんな場所でも、美しく生...
  4. 2025年10月6日

    Japanese Sake
    日本の「伝統的酒造り」とは 2024年12月、ユネスコ政府間委員会第19回会合で、日...
  5. アメリカの医療・保険制度 アメリカの医療・保険制度は日本と大きく異なり、制度...
  6. 2025年6月4日

    ユーチューバー
    飛行機から見下ろしたテムズ川 誰でもギルティプレジャーがあるだろう。何か難しいこと、面倒なこ...
  7.        ジャズとグルメの町 ニューオーリンズ ルイジアナ州 ...
  8. 環境編 子どもが生きいきと暮らす海外生活のために 両親の海外駐在に伴って日本...
ページ上部へ戻る