シェール・ガスが米国にもたらすもの【全4回連載の第2回】

 ジェトロ・ヒューストン事務所の木村誠氏と島田亜希氏の寄稿に基づき、4回の連載で掲載している本稿第1回目では、シェール・ガスの増産によって米産業界のコスト競争力が大幅に強まる点に言及した。連載2回目の今回は、シェール・ガスによって天然ガス車の導入が促進される点に焦点を合わせる。

▽伸び代の大きさ

 米天然ガス自動車協会(NGV America)によると、2011年時点で米国の天然ガス自動車は約12万台。その台数は国別では17位で、世界全体の1480万台の1%にも満たない。

 米国の新車販売台数に占める割合も1%にほど遠い。しかし、近年のシェール・ガス革命を受けて、ガソリンより燃料コストが低い天然ガス自動車は今後、需要拡大することが確実視されている。

▽環境への優しさに強み

 天然ガスは、燃料貯蔵方式によって、圧縮天然ガス(CNG)、液化天然ガス(LNG)、吸着天然ガス(ANG)に分類される。

 現在普及しているのはほとんどがCNG自動車で、一般のガソリン車と比べると、二酸化炭素(CO2)排出量は20〜30%、窒素酸化物(NOx)が75〜95%、一酸化炭素(CO)は70〜90%低減される。

 それに対しEVは、排気管からの排ガス量はゼロだが、米国の電力の約4割は石炭で賄われていることから、カーボン・フットプリントの値が大きいうえ、電池も環境負荷が高いとされる。

▽普通乗用車ではホンダが唯一

 米国における天然ガス自動車については、ホンダやゼネラル・モーターズ(GM)、フォード、クライスラー、ダイムラーを含む約30社が100種以上を生産している。

 ただ、一般消費者向けに販売されている小型乗用車は、ホンダの「シビック」だけだ。

 ホンダは、1998年からインディアナ州でCNG自動車「シビックGX」を生産している先駆者。同社は2011年秋以降、それまで4州に限っていた販売地域を36州に拡大している。

▽価格競争力はダントツ

 天然ガスは燃料費の割安さでガソリンやディーゼルに勝る。

 米エネルギー省が発表した燃料価格(2012年4月時点)によると、ガソリン価格は1ガロン(約3.8リットル)あたり3.89ドル、ディーゼルは4.12ドル、天然ガスは2.08ドルと、天然ガスの安さが目立つ。

 エネルギー省と環境保護庁(EPA)が出している車種別の燃費表示によると、ホンダ「シビック」のレギュラー車と天然ガス自動車の燃料1ガロンあたりの走行距離(MPG=Mile per Gallon)はほぼ同じだ。

▽車体価格の高さが障害

 しかし、車体価格の高さが普及の障害になっている。「シビック」のガソリン車の希望小売価格は、最も安いもので1万6000ドルなのに対し、天然ガス車は2万6000ドル。

 連邦高速道路局(FHWA)によると、米国人の平均年間走行距離は1万3500マイル(1マイル=約1.6キロ)。これをMPG(約32マイル)で割って年間燃料消費量を出すと、約420ガロンとなる。

 ガソリンとCNGとの価格差が1ガロンあたり2ドルとすると、燃料費節約分は年間約840ドルにしかならない。したがって、車体価格差の約1万ドルを埋めるには12年ほどかかることになる。

▽燃料補給所の立ち遅れも課題

 燃料補給所の少なさも大きな課題だ。現在、米国には約1000ヵ所の天然ガス補給所があり、そのうち約半分が一般乗用車でも使えるようになっている。

 給油所の約12万ヵ所に比べると圧倒的に少ない。補給所事業者は需要がないから天然ガス補給設備を整えないという状況にあるが、補給所がないから天然ガス車を買わないという悪循環も要因の一つだ。

 そのため、ホンダは販売網の拡大とともに、ディーラー店舗内に燃料補給所を設けるといった補給設備の整備も進めている。

▽業務用では導入進む

 その一方で、業務用自動車については、天然ガス車が導入されやすい条件がそろっている。

 たとえば、公共バスや空港シャトル・バス、ごみ収集車の場合、走行区間が決まっているため、燃料補給所をどこに設置すればよいのか特定できるという利点がある。

 米公共運輸協会によると、全米の公共バスの約2割は天然ガス車で、輸送燃料用の天然ガスの用途としては最大の割合を占める。

▽ごみ収集車が最速市場

 ごみ収集車は天然ガス化が最も伸びている分野だ。2011年に新たに調達されたごみ収集車のうち4割が天然ガス車だった。

 ヒューストンに本社を置くごみ収集および再生利用大手のウェイスト・マネジメントは、北米最大規模となる1000台の天然ガス車を保有する。

 同社は2012年5月に、それに加えて1万8000台以上のディーゼル車を天然ガス車に改造することを発表している。

 ごみ収集、運搬、再生利用物収集車を全て含めて、現在、全米で約17万9000台が使われているが、その9割はディーゼル車だ。天然ガスへの転換は最近の傾向であり、今後、天然ガス化が大幅に進むと期待される。

▽ヒューストンの空港で進む天然ガス車導入

 空港のシャトル・バスや業務用バンでの天然ガス化も、全米35ヵ所以上の空港で実施されている。

 ヒューストンのブッシュ・インターコンチネンタル空港では2011年末、市が270万ドルをかけて、市営駐車場「エコ・パーク(Eco Park)」の駐車場シャトル・バス約30台全てをディーゼルから天然ガス車に改造した。

 それに続いて、石油ガス企業のアパッチは130万ドルをかけて、それらのシャトル・バス用の燃料補給所を空港近くに建設した。

▽奨励策を掲げるオバマ政権

 消費者への普及となると、連邦政府による奨励策が不可欠となる。

 オバマ政権では、石油輸入量を2025年までに3分の1に削減する目標に掲げており、そのために、天然ガス自動車導入に関する奨励策を打ち出している。

 たとえば、天然ガス補給所を含む代替燃料設備の設置には、導入コストの30%の税控除が認められるほか、一般家庭用の補給設備購入にも最大1000ドルの控除が与えられる。

 また、「シビックGX」といった軽量代替燃料車の購入には、最大4000ドルの税控除が与えられている。【次号に続く。連載第3回は「待たれる天然ガスの輸出許可」、最終回は「シェール・ガスの開発および輸入による韓国勢の追い上げ】

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