シェール・ガスが米国にもたらすもの【全4回連載の第3回】

 ジェトロ・ヒューストン事務所の木村誠氏と島田亜希氏の寄稿に基づき、4回の連載で掲載している本稿第1回目では、シェール・ガスの増産によって米産業界のコスト競争力が大幅に強まる点に言及し、連載2回目は、シェール・ガスによって天然ガス車の導入が促進される点に焦点を合わせた。連載3回目の今回は、米国政府による天然ガス輸出許可の行方を追う。

▽保留されたままの輸出許可

 米シェニエール・エネルギーによるルイジアナ州サビーン・パス基地からの液化天然ガス(LNG)輸出申請に対して、米エネルギー省(DOE)の許可が2011年5月に出て以降、米国では新規の天然ガス輸出許可は保留されたままだ。

 DOEは、天然ガスの輸出に伴う国内のエネルギー需給や価格への影響を調査中と説明している。

 米国内ではシェール・ガスの増産により、天然ガス価格が大幅に下がり、供給力が飛躍的に高まっているだけに、エネルギー業界は輸出許可の遅れに伴うコスト増を懸念しながら、輸出許可の帰趨(きすう)に注目している。

▽シェール・ガス輸出規定

 米国天然ガス法第3条によると、天然ガスを輸出するには、案件ごとにDOEの許可が必要だ。

 審査基準は、1)輸出によって米国内のガス不足や価格高騰を招かないか、2)国内経済活動や雇用に対して負の影響を与えないか、3)輸出が国際的な天然ガス取引の透明性に寄与するか、といった点だ。

 米国と自由貿易協定(FTA)を締結している国向けには、そうした公共利益にかなう限り、輸出許可は遅滞なく発給されるが、FTA非締結国への輸出の場合、その是非がさらに個別に審査される。

▽輸出申請、目白押し

 現在、DOEにLNG輸出許可を申請しているのは、センプラ・エネルギー(Sempra Energy、Cameron基地)やドミニオン・リソーシズ(Dominion Resources、Cove Point基地)、フリーポートLNGデベロップメント(Freeport LNG Development、Freeport基地)など。

 ガス業界ではシェール・ガスの増産により、今後、ガス価格が安価で推移し、世界的に発電部門や輸送部門でのガス需要の拡大が見込まれることを武器に、今が輸出の好機とみて、LNGの輸出に積極的だ。

 また、それら輸出申請案件の一部には、米国内の安価な天然ガスを調達しようとする日本の商社と電力会社、ガス会社が関わっている。

▽下がる天然ガス価格

 米国内で天然ガスの総供給量に占めるシェール・ガスの比率は、2010年で23%。近年の供給増により米国内の天然ガス価格は100万BTU(英熱量単位)当たり3ドル台で低迷している。

 一方、シェール・ガスの開発コストは損益分岐点が4ドル近辺であることから、掘削を見合わせる事業社もある。

 全米で稼働中の天然ガスのリグ数は、ベイカー・ヒューズの調べによると、12月21日の週で429本と前年比で半減している。

 そのため、民主および共和の連邦議会下院議員44人が8月に、DOEのスティーブン・チュー長官に書簡を送り、「シェール・ガス増産で天然ガスの価格が下がり、生産者が困窮している」「米国は輸出に新たな販路を広げるべきだ」と主張し、輸出許可の申請に対して認可を急ぐように求めた。

▽輸出による価格上昇懸念も

 一方、天然ガスの輸出は米国内価格の上昇をもたらし、企業活動や家計に悪影響を及ぼすという懸念もある。その急先鋒が、投資家として有名なブーン・ピケンズ氏だ。

 ピケンズ氏は、「米国が中東から高い原油を輸入している現状で、国内の安い天然ガスを輸出し、外国勢の競争力を強化するのは全く矛盾している」と主張。

 また、ダウ・ケミカルといった石油化学業界は、原料となる天然ガスの高騰を懸念し、天然ガスの輸出に基本的には反対している。

 しかし最近では、シェール・ガス増産で天然ガスの国内需給は十分緩和されており、輸出により天然ガスの国内価格が上昇する程度は限定的とみられている。

▽環境配慮とエネルギー覇権

 連邦政府が天然ガスの輸出許可の判断を大統領選後の2012年末までに先送りしたことは、環境保護団体にも配慮したためだ。シエラ・クラブといった有力な環境保護団体は、シェール・ガスの掘削に伴う水圧破砕に使用する化学物質の環境への影響を懸念している。

 しかし、オバマ大統領は、「米国の100年資源」と言われる天然ガスがクリーン・エネルギーで、その安全な開発が米国で雇用を創出し、国内産業を強化する、さらには米国が原油の中東依存から脱却し、エネルギーの覇権を取り戻す好機とみている。

 共和党もその点において、異論を挟んでいない。

▽輸出許可に傾くエネルギー省

 そうした動きのなかで、DOEは12月に、「天然ガスの輸出は米国の利益にかなう」という報告書を公表した。

 DOEによる輸出許可の後には、連邦エネルギー規制委員会(FERC)による環境影響評価が行われる。

 先行しているシェニエールによるサビーン・パス基地からのLNG輸出案件を例に挙げると、DOEによる輸出許可が下りたのは2011年5月、さらにFERCの承認は2012年4月とほぼ1年越しだ。

▽許可されても上限設定の可能性も

 シェニエールは、2011年後半に英国のガス大手BGグループおよびスペインのエネルギー大手ガスナチュラルと、LNGの長期輸出契約を交わしている。

 英国とスペインはともに米国にとって非FTA締結国だ。そのため、エネルギー業界では、シェニエールが先行事例となって、「輸出申請は最終的には承認される」とみている。

 ただ、「今後、輸出申請案件が増えてくると、輸出許可される天然ガスの量に上限が設定される可能性も否定できない」という声も上がっている。【次号の連載最終階に続く。最終回は「シェール・ガスの開発および輸入による韓国勢の追い上げ」】

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