第20回 鐘の音

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 アメリカ人は、特にカリフォルニア人は気候がいいせいか外交的で、交際は広い。反面、コミットメントを嫌う傾向があると聞く。その上、普段は家族なんていないような顔をしている。今の仕事に不満なら、より良い仕事を求めて積極的に移動してゆく。西部開拓者魂は今も健在である。

 そんな時、彼らは生き生きしている。仕事や住居を変えれば一夜にしてハッピーになるのだろうか、と疑うが、ここはアメリカ。郷に入っては郷に従え。アメリカ流は未知を目指して果敢に攻めてゆかねばならない。

 ところが年末のホリデーシーズンになると、急に家族の話になり、故郷に帰る話題でもちきりになる。「え、この人に家族があったの」と驚くこともある。

 一年に一度、家族が集まるのは自分の出生の原点に還るということだろう。飛び立った巣から正しい方向に進んでいるのかを確認する時とも言える。巣とは両親の家でも、自分の家族でも、今、居る所でもいい。裸の自分に真摯に向き合える所なら。

 フランスの田舎町ルルドはキリスト教徒のメッカである。貧しく文盲のベルナデッタの前に聖母マリアが出現したといわれる洞窟がある。その泉に沸く水は難病を癒す「奇跡の水」とも称される。それで年間訪れる観光客は500万人。すごい数だ。私も4年前のクリスマスをそこで過ごした。

 ドゴール空港からひなびたバス停のようなポー空港に降り立ち、バスで奥地のルルドに向かう。鉛色の冬空の下、両側に広がる風景は、観光ガイド本に出てくるような光り輝く南仏の田園風景ではなかった。全てがどんよりとして寒々しかった。山あいにあるルルドは秋から冬はシーズンオフ。誰も来ない。ホテルも9割が閉まり、街は死んだように静かだった。そのルルドに足を踏み入れた途端、私は、故郷に帰ってきたようななつかしさに襲われた。「ここには以前に来たことがある」と思った。初めてなのに。

冬のルルドの街 Photo © Chizuko Higuchi

冬のルルドの街
Photo © Chizuko Higuchi

 私の故郷の山口県萩市も同じように表裏のある城下町だった。毛利公の城跡、吉田松陰の松下村塾、そこから輩出した幕末の志士の生家など、歴史遺産に溢れている。 夏は観光客がゾロゾロ。しかし、秋風とともに観光客がいなくなると、熱病から覚めたように、街はまた、何も起こらない、歴史の中に埋没した日常にもどった。そんな共通点がルルドを故郷のように思わせたのかもしれない。

 ルルドでは早朝、6時に教会の鐘の音が谷間に響き渡った。まだ、真っ暗である。ミサを待つ我々の頭上で鳴る鐘の音のすごさ。身体までブルブル震えるような、恐ろしいまでに荘厳な音。だが決して怖くて逃げ出したくなるような音ではなかった。厳しいけれど暖かい父の懐にいだかれるような響き。

 それはどこか萩のお寺の除夜の鐘と似ていた。ゴーン、ゴーン。一年間のあれこれを振り返らせる音。身の引き締まる音。鐘の音は西も東も丸ごと包んでくれる。

 ルルドの大聖堂は岩盤の中をくりぬいて造られている。中は狭い。神父によって素朴なミサがたてられた。世界中からの巡礼客が去った後に自分たちの宝をあるがままに守ろうとしているかのようだった。

 シーズンオフの松下村塾にも静かな時間が流れる時がある。そんな時、吉田松陰先生は地元の人たちのものになる。

 無名でも、有名になっても、本人や事実は変わらない。外的評価が変わるだけ。素晴らしいものは沢山の人が寄ってこようと、だれも来なかろうと、変わらない。私たちの価値観も偽りのないところから、少しずつ、時間をかけて、出来てくるものなのだろう。塩の結晶のように。

 自分を洗う。一年に一度、鐘の音を聞きながら。大切なものを探して。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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