第15回 歌おう

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 ロサンゼルス近郊アーバインに日系アメリカ人経営の農場がある。この田中ファームでは、毎年、東日本大震災の復興支援イベントを行っている。今年の6月14日の開催で4年目になった。昨年は1万6千ドルの義援金を集めた。

 農場入り口で週末に朝市が開かれるので人気があるが、この日は特に何万という人が集まる。広大な農場を歩き、見学する人も多い。道筋に売店が設けられ、収穫された作物を試食できる。採りたての新鮮な野菜やとうもろこしの自然な甘さはなんともいえない。「野菜って、こんなに甘かったんだ」と悟るのである。

 農作物は太陽と広い土地に水、きめ細やかな手入れの後にやっと収穫できる。照りつける太陽と風にさらされ大地に立つと、作物が生長し、収穫されるまでの過程が体感できる。自然は生やさしいものではない。農業は実に過酷な職業である。現場を見た後は農作物を大切にするようになる。

 この日、農場の特設会場では各種のエンターテイメントが催される。「ドンドン、ドドン」地響きのような大太鼓の音はいつ聞いてもよいものだ。日本人の魂が揺り動かされる。心臓が共鳴する。腹から力が湧き上がってくる。ゆかた姿の男女が三味線を弾き、民謡を歌う。想像してみてください。果てしないさとうきび畑の上をその音が渡ってゆくのです。「日本人ここにあり」勇気百倍の光景です。大きなひまわりも笑っているかのよう。

農場に咲くひまわりの花 Photo © Chizuko Higuchi

農場に咲くひまわりの花
Photo © Chizuko Higuchi

 私の所属する混声合唱団も毎年参加する。今年は5曲歌った。「America The Beautiful」「歌が心の糧ならば」「早春」「浜辺の歌」「花が咲く」舞台はなく、農場の土の上に立って歌う。観客は馬草に座り、聴いている。被災地の人々の生活に思いを馳せながら。こんな時はことさら「日本人であってよかったな」と素直に喜べる。哀しみは胸の中に封印し、ほほえむ。その奥ゆかしさ、我慢強さこそが日本人の特質だ。

 以前の私はコーラスで歌うなどとは、夢にも思っていなかった。働き続けた滞米30年の苦しい生活の中で、歌は全部忘れてしまった。たまに、歌い始めてもすぐにとぎれた。歌詞が思い出せないのだ。わずかに童謡が2〜3、口からこぼれるだけだった。

 変わったのは4年前だった。現地のJBA(南カリフォルニア日系企業協会)主催で、日本人、日系米人をつなぐ架け橋イベントがあった。360名のコーラス、100名のオーケストラがLAダウンタウンにある世界有数のコンサートホール「ディズニーホール」で「ベートーベンの第九」を演奏したことだった。仕事上のお付き合いから参加を余儀なくされたが歌えるわけがない。歌うことを完全に忘れていた上にドイツ語で歌うというのだから。

 それが今では、合唱団の一員として曲がりなりにも歌えるようになった。合唱だからこそ、独唱では決して経験することのない面白いイベントにも参加できた。

 中でも想い出深いのは震災直後のコンサートだった。UCアーバイン大学の学生が企画し、地元の8つのアメリカ人合唱団と一緒に「ふるさと」を歌ったのである。しかも日本語で。当日は約300名余りの米国人合唱団員が集まり、全員ばらばらに混じって舞台に立つ。日本人留学生が日本語の発音を簡単に皆に指導しただけで、いきなり本番なのです。私の左は白髪の白人男性。右は目も覚めんばかりのペルシャ系の若い美女。間に挟まれた私は「しっかりお手本をしめさなきゃあ」と柄にもなく張り切った。

 いよいよ本番。どうなったと思います? 両側から聞こえてきたのは、それはそれは立派な日本語の「ふるさと」だったのです。この時ほど、合唱団員の実力に驚いた事はありません。鳥肌が立ちました。多種多様な人たちが日本語で「ふるさと」を歌って、励ましてくれているのです。こんなことをしてくれるアメリカ人は本当に民意が高い。さすがです。

 震災復興歌の「花は咲く」の歌詞はこうです。「花は咲く、いつか生まれるきみに、私は何を残しただろう」

 歌おう。いっしょに。考えよう。何を残せるだろうかと。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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