第33回 いい男 ②

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

 仕事をしていると、時に、それだからこそ出会える人がある。

 LAから車で2時間北上すると砂漠のど真ん中にパームデールという小さな町がある。この町はずれに、30年も前に4エーカーの土地を買った日本人夫妻から、この土地の売却依頼を受けた。彼らは2年前に既に日本に帰国されていた。私は住宅専門で、土地はやらない。その上遠く離れた地域の土地売買となると、地元の専門のエージェントに依頼するのがベストだ。何人かのエージェントに当たった。専門は違っても、同業者だから、メールのやり取りで有能な人がどうか、ほぼ分る。後は、面談して確かめるだけだ。その為の出張だった。

 パームデールへの道は30年前は両車線とも1本道だったそうだが、今は両側4車線もある。砂漠のあちこちに新興住宅地が広がる。風景の激変に日本からの老夫妻は驚きの声をあげ、30年という時間の経過に感慨深そうだった。しかし、それも長くは続かず、しばらくすると、砂漠は30年前の姿そのままに、果てしなく広がる荒涼とした土地にタンブルウィードが風に吹かれていた。砂漠は今も昔もちっとも変わっていない。人間を寄せ付けない厳しい自然のままである。

 隣のランカスターという町に空軍の大きな基地がある。何もない砂漠に忽然と真っ白なビルが現れる。飛行機製造会社のボーイング社と共同プロジェクトで宇宙船の開発が行われているそうだ。宇宙からこのモハベ砂漠を目指してスペースシャトルが帰還する所として知られている。

 ここは昔から湧き水が出るので、もともとはインディアンが住んでいたそうだ。それが空軍の基地として選ばれた理由らしい。だからここは主産業は基地しかない。レストランも娯楽施設もないが、ここにも人々の生活があった。基地の一角に第二次世界大戦で活躍した偵察機が展示公開されていた。U2という超小型の偵察機は少量の燃料で遠くまで飛んだ優れものだったという。ブラックバードという少し大きめの偵察機も高性能だったという。先端が針のように尖った真っ黒い機体に身震いする。それにしてもその小ささ。パイロット一人がやっと入れる幅だ。これで、遠い敵国の上空まで一人で飛行し、偵察し、帰還する。飛行中、どんなに心細かっただろう。国を守る、家族を守る、という使命感に支えられていなければ、その孤独な任務はとても遂行できるものではない。私なら気が狂うだろう。当時、2〜3億円はした高額な偵察機にはそれぞれ番号が付き、その機には専属のパイロットは一人だけ、専属の整備士は一人だけ、と決まっていたそうだ。飛行機1機にパイロットと整備士。まさに三位一体だ。どんな青年がこの偵察機に乗ったのだろう。彼らの尊い命の犠牲の上に、今の我々の平和な生活がある。今は一機20億円もする無人偵察機が取って代わった。

 目的のエージェントの会社は町はずれにあった。ドアを開けると彼が「待って居ましたよ」と出迎えてくれた。背の高い立派な体躯の初老の紳士だった。初対面なのに懇切丁寧に相談に乗ってくれた。暖かく、落ち着いた話しかけに、この人と何年も一緒に仕事をしてきたかのような、不思議な感覚にとらわれた。オハイオ出身の彼は高校生の時、両親と一緒にこの地に引っ越してきたと話してくれた。それからずっとここに住んでいるという。高校時代の恋人と結婚し、今でも奥さんが傍で秘書をしていた。背後には軍服を着た若き日の彼と家族の写真が見えた。売り手は彼に信頼を置き、土地売買を委託した。

 面談が終わりドアを開けた時、初めて気が付いた。真正面にまるで日本の富士山のような美しい稜線の山が見えた。彼がここに会社を構えた理由がこの山なのは明らかだった。私は思わず「きれいな山ですね」と声をかけた。背後に立っていた彼は「そうでしょう」とにっこり笑った。どこででも通用する高い能力を持ちながら、この小さな町で、家族を愛し、仕事を愛し、誠実にベストを尽くして生きている人。自分の世界の中で、堂々と、悠々と生きている。なんでもない砂漠の風景が途端に魅力を放って迫ってきた。この人に負けないように生きよう。

砂漠の風景 Photo © Chizuko Higuchi

砂漠の風景
Photo © Chizuko Higuchi

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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