第2回 花だから咲く

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 アメリカは広大だ。

 35年前、トランク一つでアメリカ中を渡り歩いた。アメリカ進出した日本企業の製品を売る仕事だった。商品は既に主要デパートに買い上げられていた。それを着物姿で説明、デモンストレーションし、販売する。

 大学を出ての初めての仕事だった。外国も初めてだった。何もかもが初体験。若かった。怖いもの知らずだった。2週間ごとにバスや飛行機に乗り、次の場所に移動した。違うデパートで働く。違うホテルに泊まる。土地が変われば風景も、匂いも、出会う人も、違った。おのおのに特色があり、自然の広大さ、人々の多様さを肌で感じた。すごい国だ。面白くないわけがない。

 アメリカの土を最初に踏んだのはアラバマはモビール空港だった。そこからニューオーリンズ、アトランタ、テキサス、セントルイス、シカゴと3カ月かけて北上していった。それが最初の出張で、年に3回、違うルートで旅をした。

 山口県萩市の城下町で生まれ育ち、東京で学生生活を終えたばかりの私には、アメリカの全てが新鮮だった。アラバマにはプランテーション時代の屋敷が残っていた。「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラが通りに面したバルコニーに座っていそうだった。ニューオーリンズではデルタクイーンという名の平底の船で、ミシシッピ川を下った。「トム・ソーヤーの冒険」はこんな風景の中から生まれたのだろうか。テキサスでは自家用飛行機で来たというお客様に商品が売れた。アトランタでは崖っぷちに刻まれた、歴代大統領の顔を見上げた。大空をにらむその端正な顔立ち。何処も大きく、写真のフレームからはみ出した。カメラを手にため息をついた。

 何度目かの出張で、ついに、憧れのロサンゼルスに行くことになった。映画の街、ハリウッド。真っ青な空に突き立つパームツリー。期待は大きく膨らんだ。ところが、現実に目に入ったのは、古ぼけた建物に老朽化した高速道路。その脇にたまったゴミ。街を覆う黄褐色のスモッグ。ショックだった。

 「なんて、汚い街」

 その街に定住するようになったのは22年前である。春になった。まあ、その美しいこと。今度は反対に仰天した。あの汚い高速道路の沿道に、野花がいっせいに咲く。白、黄、紫、ピンク、赤。春の陽光を浴びて輝く。もう、別世界だ。

 手入れなし。わずかの水。それだけで、これほど見事に咲けるのか。車はフルスピードで走り抜ける。そんなことは知ったことではない。野花はただ、目一杯に咲き誇る。

 「私、花です。花だから咲きます」

 そう宣言しているかのように。その強さ、けなげさに、胸が締め付けられた。以来、毎年春が待ちどおしい。

黄色い丘 Photo © Chizuko Higuchi

黄色い丘
Photo © Chizuko Higuchi

 避寒地のパームスプリングスへ行く途中の山々も大変身する。黄色いマーガレットが山一面を覆う。ルーピンに覆われた紫の山。それが交互に現れる。息を呑む光景だ。車の中まで、春の色香が漂ってくる。そのまま砂漠に入れば、花弁の端を桜色に染めた昼顔のような白い花が、砂の上を這う。砂漠にも春が来る。

 砂漠の春というなら、やはり、ラスベガスが一番だろう。ここに10年住んでいた。どこでも住めば都だが、暑さだけは半端ではない。脳味噌までカラカラになる。思考能力が奪われてゆく。冬は凍てつく風が吹き、なけなしの水分を根こそぎ奪う。そして春。

 砂漠が黄色くなっているのに、気付いた。

 「なんだろう」それは、無数の黄色いマーガレットが砂漠を覆っていたからなのだ。感動のあまり鳥肌が立った。

 あなたが今、どこに住んでいても、いい。どんな花でも、いい。花なら、咲こう。野花さえ、風雪に耐えて咲いている。自分の居るところで咲く。野花が教えてくれた。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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