第7回 憧れる

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 春夏秋冬、それぞれいいところがあり好きだ。なかでも年末は特に好き。10月はハロウィーン、11月は感謝祭、12月はクリスマスと続く。その月のイメージや色がはっきりしているのがいい。楽しい行事が目白押しで子供のようにワクワクする。

 住宅や商店街が華やかに飾りつけられるのもお祭り気分で高揚する。この時期だけしか出てこない商品がいっぱいなのもいい。ついついほしくなる。今、買えなくてもいい。見るだけでも目の保養だ。

 この目の保養というもの、大切にしている。素晴らしいものを見る。出会う。そのインパクトは絶大だ。一瞬のうちに脳天を打ち砕き、意識の底まで突き通り、感覚の隅々まで入り込む。そしてからだの芯に留まる。その時、自分のものにならなくてもいい。いつかはきっと。憧れが芽生え、ふつふつと育つ。それが頑張ろうという意欲につながる。何かがほしい。何者かになりたい。正々堂々と頑張る。恥じることは何もない。

 子供が巣立ち、近所の顔見知りの子達もいなくなった。しかし私はいまだに仮装してハロウィーンのキャンディーをせっせと配る。それにはわけがある。

 18年前の私達は小さなアパート暮らしだった。ハロウィーンの飾りは紙に描いたかぼちゃだけ。幸い近所は豊かな住宅街だったので、娘はこの夜を待ちわびた。家々は趣向を凝らして飾りつけている。その夜、物珍しさに、私も子供について廻った。ある家では居間を開放してお化け屋敷のように飾り、真ん中の大テーブルにはいく皿ものキャンディーが盛りつけてあった。しかしそばの黒いつぼからは煙がゆらゆら上がっている。背後には魔女さえ立って手招きする。娘はおっかなびっくり居間に入り、キャンディーをひとつ取った。と、魔女が「もっと取れ」と大声で命令したのだ。ビックリ仰天した娘は夢中で、キャンディーをわしづかみにして、逃げてきた。こんなにまでして子供を喜ばせてくれる人がいるのか。感心した。

 別の家では男性がキャンディーが切れてしまったと子供達に謝りながら、25セント硬貨をくれた。当時の25セントは子供にはうれしい額だった。驚いて息を呑む娘。「信じられない」そう言って、娘は握りしめた手の中のコインを私に見せた。「よかったね」思わず声が出た。もらったキャンディーはその後、長い間、娘のおやつになった。おやつが続く間、家族でこの夜のことを思い出して、笑った。

 どこにでもありそうな小さな想い出にすぎない。しかし、なぜか、ハロウィーンがくるたびに思い出す。温かいものが胸に満ちる。

ハロウィーンの家 Photo © Chizuko Higuchi

ハロウィーンの家
Photo © Chizuko Higuchi

 今、我が家の裏の通りには、毎年、凝りに凝った飾りつけをする家がある。家の前には映画のセットのようなお化け屋敷を作る。それが実に見事で、大人でもゾッとする程恐ろしい。ハロウィーンの夜は、この家からは煙が上がり、不気味な音が流れる。必ず見物に行く。子供達の行列も後を絶たない。この家から走り出る興奮した子供達の姿に、かつての私達親子の姿が重なる。見知らぬ子供達へのこんな豪華な無償のプレゼント。この家主にもそうする理由があるのかもしれない。

 クリスマスにも特別に見物に行く場所がある。車で数分の丘の上。豪邸が立ち並ぶ。大邸宅に絢爛豪華なクリスマスデコレーション。こうこうと照らした室内がカーテンが開けられた窓から見える。違った世界を見せてもらえる。それだけでプレゼントをもらった気分だ。今は夢の世界。いつかは、きっと。憧れがまたひとつ生まれる。

 憧れる。美しいものに、立派なものに。憧れる。無償の行為に、それをする強い意志に。憧れるものが沢山あることにきづかせてくれる年末。だから年末が好きだ。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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