第12回 届いたラブレター
文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)
- 2014年4月20日
あんなラブレターをもらったら、来ないわけにはいかないよ。早稲田大学グリークラブOBの口からもれた言葉である。うれしかった。
卒業生たちでつくる校友会「LA稲門会」は今年、創立60周年をむかえた。盛大な記念行事が1年前から準備された。目玉は106年の歴史を誇る合唱の名門、グリークラブOB20名を日本からむかえ、歌ってもらうことだった。
発端は4年前日本で開催された校友会世界大会だった。そこで学生グリーの校歌を聞いたW氏は感動で鳥肌が立った。全身を揺り動かし、渾身の力を振り絞って歌う学生達。
「なんとしてでもこの肉声をLAで頑張る同胞に聞かせたい」彼の夢がうまれた。
W氏は文武両道、何でもできる。その上、人情の機微にあふれ、ユーモラス。彼の夢ならぜひとも協力したい。しかし、実現は容易ではなく、彼の4年間の努力はすぐには実らなかった。が、とうとうチャンスはやってきた。60周年記念とあって早大総長の後押しまであり、学生ではなくOBの米国招聘が決定したのである。グリーOB1700名の内、なんと平均年齢70歳のベテラングループ「倶楽部グリー」が訪米することになった。
彼らの当初の予定は、敬老ホーム慰問と総会でのコンサートだけであった。「コンサートホールで歌わせてあげたい」私は単純にそう思った。同じ頃、所属する混声合唱団OCFCの定期演奏会がある。グリーにゲスト出演してもらえないか。我々にも勉強になる。
創立4年の我々と50年の合唱歴のグリーでは実力の差は大きい。うまくいくだろうか。不安がつのる。過去グリーが訪米したのはなんと16年前。これは一生に一度のチャンスかもしれない。私は大胆にも彼らに手紙を書き、OCFCにはコラボレーションの提案をした。それがどんなに大変なものなのかを知らずに。
すべてが初体験で何をどうしていいかわからない。経験ゼロ、先行き見通しゼロ。あるのは情熱だけ。長い暗いトンネルを一人で歩いているような不安な日々だった。そんな時、M後輩から一通のメールが入った。
「先輩が今しようとしているコラボはすばらしいことです。先輩が鍵を握っているのです。離さないで下さい」彼女は学生時代「デーモン小暮」とバンド活動をしていた。コンサートづくりのノウハウを細かく教えてくれた。私はわらをもつかむ気持ちで教えられるとおりに全てを準備した。暗いトンネルに一条の光が差し込んだ。「できる、できる」自分に言い聞かせた。一点の光に向かって走れ、と。
合同コンサートは3時半開場。その2時間前に2つの合唱団、司会、ステージマネージャー、受付ボランティア、全ての人たちが初顔合わせをした。ステージ構成の最終打ち合わせ、500人の観客をさばく受付への指示、 出演者は合同曲を練習、入退場の動き、記念撮影。時間はあっという間に過ぎた。
いよいよ開場だ。なんとお客様が来るわ来るわ。たちまちの内に満員御礼になった。鍛えられたグリーの声は会場に響き渡る。はり、つや、伸び、声量、ピッチ、全て一流だ。その上、聴衆の心をつかむ舞台は見事なもの。ベテランの味です。喜んだお客様はやんやの喝采だ。熱いコンサートになった。総勢70名の「遠い日の歌」「ナブッコ」の迫力。日米の大きな虹のハーモニーが会場を包んだ。
最後はもちろん、お客様と一緒に「ふるさと」の大合唱です。泣いている方もありました。「歌ってください、あなたのふるさとを。私たちは米国で生きて来たあなたのために歌っています」ソプラノの最後列で歌いながら、私はこの一瞬を創り出せた喜びを胸に、お客様に語りかけた。
つたない一通の手紙に応え、すばらしい歌声を届けに来てくれた素敵な先輩たち。ありがとう。ラブレターは届きました。
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