第8回 クリスマスツリー

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 ちいさな、ちいさな、水色の光が無数にきらめいていた。きれいだ。飾りはそれだけ。水色の巨大なクリスマスツリーは天に向かってそびえていた。ローマはバチカン、サンピエトロ広場のことである。元旦の朝7時、まだ宵の残った空を見上げ、冷気を吸い込んだ。身体の中まで水色に染まる。とうとう来た。しかも、姉と一緒に。夢のようだ。

 広場は世界各国から集まった5万人の人でごった返していた。10時から始まるミサを待って行列している。理解できない言語が飛び交う。自分のグループからはぐれたら、もう探しだすのは到底無理だ。仲間の姿を追う。耳につけたイヤホンの案内人の声に集中する。

 「万が一はぐれたら、クリスマスツリーの下に来なさい」

 はぐれたらここに来る。水色の光の下に来る。肝に銘じた。

バチカンのクリスマスツリー Photo © Chizuko Higuchi

バチカンのクリスマスツリー
Photo © Chizuko Higuchi

 「バチカンで教皇様の新年のミサにあずかるツアーがあるの。一緒に行かない?」

 修道者の姉からメールが入ったのは2010年11月、たった2カ月前である。姉とは18歳の時、故郷の山口県萩市を出てから、1度も一緒に旅行したことがない。両親の葬式の時、顔を合わせただけである。修道者は25年に1度、日頃の厳しい毎日のご褒美に聖地巡礼の旅に出させてもらえる。姉は私の住むカリフォルニアを見たいと何度も嘆願書を書いたが、許されなかった。

 しかし、とうとうチャンスがやってきた。仏か伊の聖地巡りならいいと。バチカンでの新年のミサの切符はなかなか取れないと聞いたが、幸運にもそれが取れ、ツアーが組まれた。一緒に来るか、と姉は問うている。無信心な私であるが、姉と一緒の旅ならこれしかない。即、OKを出した。この旅が最初で最後になると知っていたから。

 その冬は40年ぶりの寒波がヨーロッパを襲った。クリスマスイブはシーズンオフの冷たいルルドで過ごした。聖フランシスコのアッシジに泊まり、ローマに入った。どこもここも凍えるほどに寒かった。宿舎はすべて修道院である。外見は立派なお城だが内部は陰鬱だった。なかでもシャワーを浴びるのが恐怖だった。寒いのなんのって。食事も質素である。

 同行する19名のほとんどは聖職者だった。青春の時、祈願をかけた誓いを一生追求してゆく人たち。学歴も高い。日々精進し、努力をいとわず人に尽くす。生涯、清貧、貞潔、従順の会則に耐える。

 旅を共にする間に話す機会も増えた。私が米国から来た民間人というので、話しやすかったのかもしれない。何人かの人は悩んでいるように見受けられた。ドイツに20年間赴任し、幼稚園で働いている若く美しい人の口からは悩みがこぼれた。「選んだ道に迷っている、故郷の長崎に帰りたい」と。65歳の人は日本で会社勤めをしながら修道者の道を生きてきた。体力の限界にきているが、引退後の生活の保障がない。「人に尽くして生きてきたが自分の老後を守れない人生とは何だったのだろうか」と。ツアーコンダクターの人は5カ国語を話した。修道院を出て、NPOを立ち上げているが、将来はどうなるのだろうと、悩んでいた。

 立派な方たちにして、こんなに悩んでいる。迷っている。愕然とした。そして、私たちが迷うのは当たり前の事なのだと教えてもらった。何が出来るか、どう生きれるか。一人ひとり、その問いも答えも違う。それぞれが自分が納得できる道を探し続けるだけだ。泣いたり、笑ったりして精一杯生きてゆくほかない。歩いた後に足跡が残る。誰かがその道を辿って行ける。

 若き日、20ドルのモミの木が買えなかった。子供は白い紙でクリスマスツリーを作った。親子で飾りの絵を描きいれて、立てた。このツリーが毎年脳裏を横切るのです。

 今は、はぐれたら、その足元に帰れる水色のクリスマスツリーもある。

 あなたのクリスマスツリーは何色ですか?どんな色のツリーでもあなたの行く先を照らしてくれますように。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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