第45回 レディーに なりたい

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

白い蘭の花Photo © Chizuko Higuchi

白い蘭の花
Photo © Chizuko Higuchi

 家の売買という仕事柄、実に多種多様の人と一緒に仕事をすることになる。働かせてもらったお客様の中には記億にくっきりと残る人もいる。ファーファンもその一人だった。

 仕事上のパートナーが家を売るのを頼まれた時、一人の見知らぬ男性から電話がかかった。その家に大変興味があり買いたいのだが、という内容だった。当時は不動産ブーム以前で、家はなかなか売れなかった。その上売りたい家はすべてが古いままで、魅力に欠ける小さな家だった。だから興味があるという電話主には半信半疑ながら一応は会って話してみる。話せば経済的な用意は出来ているのか見当がつく。まずは彼の住んでいるアパートの門前で会うことにした。

 彼が現れた時の様子は衝撃的だった。背が高く、立派な体躯の上にあまりにも美しい顔がのっていた。真っ白なトックリのセーターにサンタン色のコーデュロイのズボンだった。当時も今もこんなクラシックなお洒落をした男性はこの辺りでは見かけなかった。人違いだろうと目線をそらすと、あなたがリアルター? と声をかけられた。思いもかけない出会いに私はしどろもどろで応対した。彼は頭金も、ローンも不安定だったが他に買い手がなく、私は彼のエージェントとして働き、取引が成立した。

 ローンの書類にサインをする時はエスクローという会社に行ってサインをする。終了後にオフィサーの女性から珍しく電話がかかってきた。「Chizuko,あんな美男子のバイヤーをどうして見つけたのよ」という不謹慎な会話だった。二人で大笑いした。ごめんなさい。世の中にはドキドキさせる異性がいるものだ。最初から最後まで英語で通した初めての売買だった。でも彼とはこれが最初で、最後だろうと思っていた。英語のエージェントはいくらでもいる。

 ところが3年後に、また彼から突然電話がかかってきた。シアトルのマイクロソフト社に転職することになったからこの家を売ってほしいという依頼だった。この市はアジア人が比較的多く、エージェントがアジア人なら彼の家もアジア人の買い手を惹き付けるかもしれないと考えたのだろう。どういう理由であれ、嬉しい。彼の家を訪れてまた驚いた。全く違う家になっていた。台所をやり直し、居間の内装もイギリスの貴族の館のように華麗で上品な内装に仕上げていた。ああ、家は住む人によってこんなにも変わるのかと目を覚ませられた。

 出張がちの彼に代わり妻のアンが3年間の彼らの経過を話してくれた。その頃上り坂のIT 企業で彼は度々インドに出張した。かなりの利益を会社にもたらし、ついに憧れのマイクロソフト社に引き抜かれ、高いポジションを得たのだという。コロンビア出身の彼らは高校時代の恋人で最初はカナダに移住し、やっとアメリカに住めるようになったのだという。帰宅してクタクタになっている時でも彼は家で書類のサインをする時、いつもきちんとした服装と態度を崩さなかった。

 ドクターの買い手からすぐに買いが入った。硬い職業の人はローンが下り易いから、この人のオファーを受けたらどうかと私は強く勧めた。その時彼からぴしゃりと言われた。「ドクターだからと何度も言っているけれど、そんなことは関係ないよ。きちんとファイナンスの準備ができているかだけがポイントだよ。職業は関係ないよ」と。そしてこうも付け加えた。「撲もMBAを持っているよ。Ph.Dも持っているよ。でもそんな事は家の売買に関係ないと思わないかい?」。この言葉に脳天を打たれ、恥ずかしかった。必要のないことは言わない、と教えられた。

 売買が全て終了した別れ際に、シアトルに来る事があったらぜひ新しい家に寄ってくれと言われた。売った家の3倍の金額の新築を買っていた。アンがあなたは必ず時間通りにきちんとした服装で来て、いつも信頼できた、と言ってくれた。するとファーファンが「彼女はレディーだよ」と言った。

 その言葉はいつまでも心の底に残り、私を暖め、励ましてくれた。勿論私はレディーではない。でもいつもレディーになりたいと思っている。彼の言葉を裏切らないように。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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