日常の些事

冬の落ち葉

年齢を重ねると、だんだんと感動が薄くなるとはよくいわれる。ほとんどのことは過去に経験済みだから、感動も二番煎じになるのは致し方ない。何といっても初体験の感動ほど純粋で強烈なものはない。その記憶が強く残っているから、以前はあんなに興奮したのに最近はどうも気持ちが高揚しないなあと、一抹の寂しさを味わうことになる。長い年月、いつかは食べてみたいと憧れていたものをやっと食べることができたのに、期待していたほどのおいしさを味わえず、これは一体何なんだ、と思うこともある。感情は平坦になり、味覚は鈍り始めている。これが老いるということかもしれない。

米国は10月末のハロウィーンを皮切りに、11月は感謝祭、12月はクリスマスと家族が集まるホリデーが続く。ハロウィーンは、自分の子供が小さかった頃は仮装衣装を手作りし、子供と一緒に一晩中近所を練り歩いた。人々は趣向を凝らして家を飾り付け、室内までお化け屋敷仕様にして、子供を中に招き入れてくれる家もあった。魔女の館のテーブルの上に盛り付けられたキャンディを掴むと背後に立っていた魔女が突然動き出し、子供を驚かす仕掛けもちゃんと用意してあった。子供は叫びながら逃げ、握りしめたキャンディをまじまじと見る忘れられない夜となる。子供も大人もこの夜を指折り数えて待っていた。古き良き時代だった。

その後、毒入りキャンディがばらまかれたり、ハロウィーンの夜に人さらい事件が起きたりして、すっかり怖い夜になってしまった。今は子供の背後には必ず親が一緒について歩くようになり、子供だけのゾクゾクするアドベンチャーの夜ではなくなった。子供の世界が消えた。

我が子が巣立ち、近所の子供たちも大人になってしまうと、もうこの辺でいいかとキャンディ配りだけを細々と続けてきた。相変わらず見知らぬ子どもたちが、この夜はどこからか現れてドアを叩くから不思議である。ウキウキする。ときどきは単純に子供の世界に戻りたい。今年は孫の初ハロウィーンだった。

コロナの長期化、経済復興の低迷、ウクライナ戦争などの影響で、食料品は高く、我々庶民の生活は苦しい。それでもクリスマスは、米国では日本のお正月に相当する大切な日だから料理に手抜きはできない。日本人が盆暮れは必ず里帰りする以上に、米国人も万難を排して家族の元に集まってくる。その姿は涙ぐましいほどだ。クリスマスディナーを一緒に食べ、その後は家族でパズルやゲームをする。彼らは子供の頃から何十年もそうしてきて、家族や仲間から疎外されることを極端に恐れているようにも映る。幼い頃からの記憶の中のクリスマスと同じことをすることで、安心感や一体感を得ているのだろう。

私たちの生活は、良い時も悪い時もある。気持ちが落ち込み、何もかも面倒臭く、ホリデー行事をパスしたい時もある。経済的に苦しく、クリスマスツリーさえ買えない時もあるかもしれない。私にもそんなクリスマスがあった。その年は、娘に今年はツリーは買えないから紙のツリーにしようと言い含めた。そして娘に、白い大きな紙にクリスマスツリーを描かせ、いろいろな飾りを付けさせた。実物がない寂しさを紛らわせるために、サンタや天使やさまざまな飾りを描き入れた。娘はおもしろがっていろいろ描き足す。絵だから何でもありだ。そのクリスマスツリーを部屋の隅に立てると、なんだかとてもきれいなクリスマスツリーになって、部屋が明るくなった。今は自分も人の子の親になった娘は、ときどきその紙のクリスマスツリーの話をしんみりとする。彼女の心の中で、特別な位置を占めているようだ。その思い出は一見不幸なことのように見えて、実は幸せなことだったのかもしれないと、ふと思う。

望むものが手に入らない時は、自分で絵を描いてもいい、広告の写真でも何だっていい。それを、壁に貼ったりテーブルの上に置いたりして目だけでも楽しませれば、心も楽しくなってくる。自分の心をだますのは、以外に簡単だ。 夢見たものはいつかは手に入ると信じる。夢見ないものは永遠に手に入らない。素朴さも純粋さも生涯つらぬけば、それが確かな生きる姿勢となる。自分の価値体系ができる。人は人、自分は自分。人まねはいらない。自分の日常の些事を、大切に。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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