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第6回 従業員に好かれるKPIと嫌われるKPI

繁忙期の月末、夜も9時を回ったころ。サンフランシスコのジャパンセンターにひっそりと暖簾を掲げる一軒の居酒屋「Fuji」。いつになく疲れた表情のタジマ君がカウンター席に腰を下ろしています。隣にはいつも通り穏やかな表情のミゾグチ先生の姿がありました。

タジマ君:「ミゾグチ先生、今日ばかりはビールを飲まないとやってられませんよ…。奮発してプレミアムモルツ頼んでいいですか?」

ミゾグチ先生:「(いつもビール飲んでるような気がするけど…)いつも元気なタジマ君が今日はいつになく疲れているね。何かあったの?」

タジマ君:「実は今日、営業部に新しいKPIを説明したんですよ。そうしたら営業マネージャーのジェームスから“そのKPI、本当に意味あるの?”って冷たく返されまして…」

タジマ君、待望のプレミアムモルツが運ばれてくる。ここの店主のビールの注ぎ方は実に上手できめ細やかな泡がなんとも美味しそうだ。

ミゾグチ先生:「それはまた、ストレートな反応だったね。そういった反応があるということは、KPIが“現場にフィットしていない”というサインかもしれないね。」

タジマ君:「どういう意味ですか?ジェームスの物分かりが悪すぎるだけじゃないんですか?大体ジェームスはいつも僕の言うことを聞こうとしないんですよ!」

ミゾグチ先生:「まあまあ、そうキーっとならないで(笑)KPIっていうのは、“数値目標”であると同時に、“経営と現場の会話のツール”でもあるんだよ。現場から好かれるKPIもあれば、嫌われるKPIもあるんだ。それを見極めるのが、経営管理を司る者の腕の見せ所とも言えるんだよ。」

ミゾグチ先生は焼き鳥を一口かじると、カウンターの箸袋の裏にペンでメモを書き始めた。

ミゾグチ先生:「たとえば、売上高をKGI(Key Goal Indicator=最終目標)としよう。すると、タジマ君の会社の場合、売上高=顧客訪問件数 × 受注率 × 受注単価 という式が成り立つよね」

タジマ君:「ええ、だから僕はこの3つ全部をKPIに設定したんです!(誇らしげ)」

ミゾグチ先生:「理屈としては合ってるんだけど、KPIは“現場の人が毎日意識できること”じゃないとダメなんだ。3つ全部というのは、ちょっと欲張りすぎたんじゃないかな」

タジマ君:「全体最適を意識してみたんですが、そういわれると確かに欲張りすぎかも・・・」

ミゾグチ先生:「受注率や単価の向上っていうのは、営業の“質”にも関係するよね。ベテランならいいけど、新人には荷が重いんじゃないかな?その一方で、訪問件数は“量”の指標で、誰でも取り組みやすい。まずは、皆が取り組める“訪問件数”だけをKPIに設定してみたらどう?」

タジマ君:「でも、それだとKGIとの関係性が弱くなりませんか?」

ミゾグチ先生:「むしろ逆さ。“訪問件数”が一定以上あれば、受注の機会も増え、結果的に売上につながる。まずは行動量を確保しなければ、質の改善なんて絵に描いた餅になるかもね。」

タジマ君:「……なるほど。つまり、“実行可能性”と“行動との結びつき”が重要ってことなんですね」

ミゾグチ先生:「お!呑み込みが早いね!そしてもう一つ大切なのは、“KPIの数”なんだよ。あれもこれもと詰め込むと、従業員の意識が分散してしまう。多くても5つ、理想は3つ以内だね。集中して行動するには、絞り込みが必要なんだよ」

タジマ君:「たしかに、今回のKPI、10項目もあって……ジェームスからも“こんなに沢山覚えられない!”と言われちゃいました。」

ミゾグチ先生:「あー、それは“嫌われるKPI”の典型例だね(苦笑)。従業員にとっては『管理のための管理』に見えてしまうし、モチベーションも下がるかもしれないね。」

二人は話の合間にFujiの二大人気メニューのだし巻き卵と銀だらの西京焼きをつつく。

タジマ君:「もう一杯プレモルください」

ミゾグチ先生:「それからね、もう一つ重要なポイントがあるんだ」

タジマ君:「まだあるんですか?」

ミゾグチ先生:「KPIと人事評価の整合性を考える必要があるんだ。だって、営業部で『訪問件数』をKPIにしていても、人事評価で『売上高』だけが評価対象になっていたら、現場はどっちを重視して動けばいいか分からなくなるでしょ?」

タジマ君:「うちの会社、まさにそれです…。KPIは経営企画部が決めて、人事評価は人事が担当していて、僕も一応人事評価シートを書くんですけどその辺の繋がりは全然意識してなかったです」

ミゾグチ先生:「それじゃあ従業員も混乱しちゃうよね。KPIは行動の方向性を示すものだけど、それに基づいて評価されないなら、頑張ろうと思えないよね。だから、経営層がしっかり橋渡しをして、管理と人事を統合していかないといけないんだ。ジェームス君も色々と思うところがあるんじゃない?」

タジマ君は、箸を止め、しばし沈黙した。そして、スマートフォンのメモアプリを開いてこう書き込んだ。

KPI設計の鉄則
① KGIとのつながりを意識する
② 現場が実行可能で、行動に直結する内容にする
③ 多くても5つ以内に絞る
④ 人事評価と整合させる
⑤ 現場に“伝わる”言葉で表現する

タジマ君:「……先生、ありがとうございます。KPIって、ただの数字じゃなくて、“信頼のかたち”なんですね。ジェームスとは対立することが多いんですが、KPIが適切に設定できれば彼とも上手くやれるのかもしれないです。」

ミゾグチ先生:「その通り。KPIは“管理”の道具であると同時に、“現場へのメッセージ”でもあるんだ。KPIを通してジェームスとも生産性のある会話が出来るようになるかもしれないよ?」

タジマ君:「……先生、ありがとうございます。なんか、霧が晴れた気分です。明日、KPI見直してみます!ジェームスともちゃんと話してみます!」

急に表情が明るくなったタジマ君が、勢いよく手を挙げた。

タジマ君:「すみませーん、プレモルもう一杯!」

店主が苦笑しながらジョッキを取りに行くと、ミゾグチ先生も笑いながらグラスを軽く傾ける。

ミゾグチ先生:「さっきまで意気消沈していたのに、急に元気になったね(笑) ようやく、いつものタジマ君らしくなったね。その調子、調子!」

タジマ君:「はいっ!これからは“好かれるKPI”でいきます!」

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Tsunehisa Nakajima / Masaki Mizoguchi中島恒久/溝口聖規

Tsunehisa Nakajima / Masaki Mizoguchi中島恒久/溝口聖規

ライタープロフィール

中島恒久:(Fujisoft America, Inc. COO)
2004年に抽選永住権を取得後、渡米。ベーシストとして活動しながら飲食業、旅行業、食品卸業などで経験を積み、2015年より現職。起業の経験も持つ。グロービス経営大学院にて溝口先生から管理会計を学んだ。

溝口聖規:(公認会計士、グロービス経営大学院専任教授)
グロービス経営大学院専任教授。資格:公認会計士、証券アナリスト、公認内部監査人。書籍:「財務諸表分析 ゼロから分かる読み方・活かし方」PHP出版/MBAアカウンティング(第4版)ダイヤモンド社 連載:週刊経営財務「会計知識録~企業の会計・財務活動を解読~」

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