第83回 天国はどこにあるの?

文&写真/樋口ちづ子(Text and photo by Chizuko Higuchi)

バラの花束

私は長い間、天国を探して生きてきたような気がする。ほとんど前進していないのろまさだが、一応、目標に向かって人並みに歩いてきたつもりだ。誠実に、倦まず弛まず続ければ、いつかは天国に、あるいは天国のようなところに行き着けると信じてきた。ふと我に返り、立ち止まって考えると、実に子供っぽい青臭い生き方であると、我ながら呆れる。20代ならともかく、もう残された時間が短い年齢になってさえ、たどり着かない天国はどこにあるのか、どうしたら行けるのかと無意識のうちに探しているのだから、かなりの変人だ。そんな自分に最近は呆れ果て、「もういい加減にあきらめたらどうなの」と自分の肩を叩きたくなる。

天国に行く人はきっと高潔な人格者で、人々の役に立つようなことができた人だろうと考え、世界のニュースを見る時もYouTubeを検索する時も、そのような人を探し続けてきた。だが、最近気がついたことがある。いまだ天国はどんなところなのかさえイメージも結べず、どこにあるのかさえ推測できないなら、生涯かけてもたどり着かないだろうということに。

というのは、ある目標を掲げて努力してゆくと、ある時点でほぼ到達できたと思える一瞬がある。ところが、ここに落とし穴がある。一つを達成して有頂天になり、ほんの少し自慢したい気になると、その向こうからとんでもないことが出現してガックリ来る。こんな経験を何度繰り返したことだろう。長い年月の間には、いくつかのことは成し遂げられた。しかし、本当の天国とは幸せ感に満ち、それが永遠に続くはずだ。一度到達したら二度と失うことはない安心感に満たされるはずだ。

宗教の分野では、いろいろな方々が高潔な説教で天国とはどういうところかと指し示してくださる。では、どんな人がどういう行いをすればたどり着けるのかという具体的な方法になると、私自身がついて行けないためだろうが、教示されているとは思えない。目的地は分かっているが、そこに行く道が示されていない。おそらく語られている方も、はっきり見えていないのだろう。肝心なところはうやむやだ。天国への道は見えないものなのかもしれない。よく新刊書のキャッチフレーズに、素晴らしいことが書いてあるかのように人目を引く魅力的なものがある。喜び勇んでその本を買って読むと、肝心なことは何も書かれておらず、心底がっかりする。それと似ている。

それで、最近ようやくある種の諦念にたどり着いた。もう天国を探すのはやめよう。40年以上も本気で探して見つからないのだから、この先も見つからないだろう。その代わり今、ここに自分の天国を作ろう。この私の小さな家と小さな庭を天国にしよう。

さっそく今まで描いた油絵を出し、壁に飾ってみた。一気に華やかになった。若き日の情熱が絵の中にこもっている。純粋で強い心がよみがえった。絵に囲まれ、小さな台所で毎食をていねいにおいしく作ろう。庭をこれまで以上にありとあらゆる花で埋め尽くそう。私の唯一の、ささやかな贅沢なのだから。

クローゼットの中に後生大事にしまってきた、私には高価に思える服やきれいな服を引っ張り出して、今日着よう。特別なイベントやお出かけの時を待っていても、それがいつ来るというのか。今日着て、今日楽しもう。着ればやがては古着になる。それが何だろう。きれいな服を着る喜びや楽しさを十分味わうことができた。
堀江貴文氏が言っていた。「将来の夢なんて今、叶えろ」と。行きたい天国が見つからないのなら、今ここに自分の天国を作ればいい。完璧でないのは当然だ。ニセモノだもの。ここには、不安も恐れも苦しみも今までどおりある。でも好きなものに囲まれていれば、戦い続けられるかもしれない。

あらあら、そうしてできた私の天国は、よくあるお年寄り独特の家になった。家族写真や、あれやこれやの思い出のガラクタで溢れた家に。ああ、そうだったのか。やっと気がついた。煩雑なガラクタ空間が、住んでいる人には天国なのだということに。人生の総決算の家で、私たちは偽装天国を作って懸命に生きている。

笑わないでください。あなたもきっとそうなりますよ。それでいいんじゃあないでしょうか。それがHome Sweet Home です。私の天国です。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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