新しい自分にチャレンジ

ニューヨーク風景

アメリカにある程度、あるいは長年住んでいる人なら分かると思うが、外国である米国に住んで生計を立てるのは容易ではない。あるいは容易ではなかったはずだ。百人百様の涙の物語があるはずだ。こう言うと、日本に住んでいる人たちから日本で生計を立てるのも簡単じゃあないですよ、大変なんですよ、と反論されるだろう。世界中どこに住んでも、仕事を探し、自分の労働、知識、頭脳、才能と引き換えに手にした給料で食べ、寝る場所を確保して生きていくのは簡単ではない。

しかし、狭い日本を出て大海原の先の未知の国アメリカに住んでみようと志した人は、勇気があったと言いたい。頼れる親も親戚も友人もいない。ひとりぼっちた。先の見えない恐怖と背中合わせの蛮勇だ。けれども未知の国に飛び出し、力試しができた人は幸運だと言えないだろうか。外国ってどんな所か見てみたい、生活してみたい、チャレンジしてみたいと思いながら、日本の地方の片隅で一生を過ごすことを余儀なくされた人もいる。むしろそういう人たちが私の世代では大半だった。出身地の山口県萩市の城下町に住む友人たちは、一生を郷里で過ごしている。どこに住もうと、誰の人生にも浮き沈みも幸せも不幸もある。ただ、力試しに出かけられた我々はそれだけでラッキーだったと思うのである。だから、苦労を背負うのも当然だと思う。

新天地を米国に選んだ場合の第一難関は、言葉だろう。英語で日常の用事も思ったようにはかどらない。言いたいことが言えない、自己表現が十分にできないもどかしさは歯がゆいばかりだ。英語が十分に話せない故に、理不尽に馬鹿にされる独特の屈辱を味わったことも多々あったはずだ。その上に、人種のるつぼの米国では人種偏見が加わる。

人間は弱いものだ。誰でも胸に手を当てて振り返ってみれば、無意識のうちに外見で相手をジャッジメントしたり、されたりした時があるはずだ。何十年もかかったが、現在では教育を受けた米国の若者は、人を外見で判定することを限りなく忌み嫌う。自分と違うものを理解しようと日々学び、成長し続けている。格段の進歩だ。

外国から来た新参者として初めての仕事にありつけた時の喜び、最初のペイチェックを手にした嬉しさは忘れられない。この国で生きて行ける手応えを感じた瞬間だった。働けば食べていける。初めて自分の安アパートを借りた時。初めて車を買った時、車と記念写真も撮った。そしてついに初めての家を買った。その時、これがアメリカンドリーム実現の第一歩だと実感した。努力が物質的豊かさとなって報われる、単純で正直な嬉しさだ。単純な喜びは誰もが共有できる。結婚して子供が生まれると、日本の文化と教育を受けた親がアメリカ人を育てる葛藤と戦うことになった。二つの文化の価値観の違いに翻弄されながら、苦悩した分だけ親も子供も成熟した。

そんな我々の世代が苦難を乗り越え、やっと穏やかな老後を楽しもうとしていた矢先に世界中がパンデミックに襲われ、生活が激変し世界が変わった。すべてがオンラインでコントロールされる社会に様変わりした。英語が理解できること、テクノロジーを使いこなせること、最低限この2つができなければ米国社会で生きてゆくのは困難だ。40年前の勤労一筋でもアメリカンドリームを実現できた時代は終わった。悲しい現実だ。

未来社会に向かって変化するスピードは、ヨーロッパより、日本より、歴史の浅いアメリカのほうが速い。未来に向かってエスカレートしてゆくだけなら、自分を変える以外ない。過去の古き良き時代を振り返って泣き言を言っていた自分に、苦しいけれど別れを告げる時が来た。

オンラインですべてを涼しい顔で処理できる人間になろう。明るい服を着て、長年の夢を今、実行に移そう。新しい自分に生まれ変わり、未来にチャレンジしよう。40年前に希望に燃えてアメリカ大陸を目指した我々ならできる。もう一度、未知の社会に立ち向かおう。英語を話すことが億劫になってはいけない。新しいスキルを勉強することが億劫になってはいけない。体力が続く限りチャレンジし続けるのが、夢に向かって新天地を目指した我々の終わりのない宿命である。きっと別の面白い世界が開けることだろう。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう43年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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