大谷翔平選手の挑戦
- 2024年10月4日
- 2024年10月号掲載

8月23日、ロサンゼルスのドジャース球場は熱狂に包まれた。5万人収容のスタジアムからは絶叫が鳴り響き、観客席さえ揺れ動いたという。ラッキーにもその夜試合を生で観戦できた人は、一生の語り草の思い出になったことだろう。ああ、その場にいて世紀の瞬間を見届けたかった。LA 在住の日本人野球ファンなら、誰もがそう悔しがるはずだ。車を飛ばせば1時間で行ける距離の球場で起こったのだから。
その瞬間とは、大谷翔平選手が、現実とは思えない瞬間を作り出したことだ。その偶然の幸運を自分に引き寄せ、完璧に仕上げた彼の実力と魂胆。こんなこともあるんですね。漫画の世界でしか起こり得ないことが現実になるなんて、守護神が付いているとしか言いようがない。
その夜は、ロサンゼルス・ドジャース対タンパベイ・レイズ戦、両者3点で9回裏、ドジャースの攻撃にもつれ込んでいた。ドジャースは2死満塁。もう一人アウトになればレイズ勝利、ドジャースが1点追加すればドジャースの勝利。この一か八かの瀬戸際に、なんと大谷選手の番が回って来たのだ。観客でなくても、この大一番に思わず「ヒー」と叫びたいほどの息詰まる場面だ。野球はダラダラと続いているように見えても、ある時に事態が急転直下し、大ドラマに変貌する時がある。それが醍醐味。この時も、5万人がかたずを呑んで見守る中、何が起こったと思います?
なんと大谷選手がホームランを打ち、4点追加のサヨナラ勝ちを決めたのだ。そればかりではない。彼はすでに40回目の盗塁も果たしていて、このホームラン数が40となり、40-40のグランドスラムまで同時に達成してしまった。同僚のナインたちが、ホームベースに還ってくる大谷をフィールドにどっと走り出て迎え、ホームベース上で喜びのわっしょい、ワッショイ。誰もが野球好きの少年の輝く笑顔になっていた。それを目撃した観客も皆が飛び跳ねて建物が揺れたというから尋常ではない。こんな歴史的瞬間に出会えたのは、誰にとっても貴重だ。40-40を達成した選手は野球史上これまで6人のみ。大谷選手は127日という最短日数でそのレジェンドに名を連ねた。まさにオーマイゴッドと感嘆符あるのみで、言葉にならない。
試合直後のインタビューでは、この一瞬で決まるという時にバッターボックスに入った時の気持ちはと聞かれ、「特別なことは考えない、ただチームを勝利に導きたいと思っていただけです」と答えていた。その途端に、背後からバケツ一杯の水を頭から浴び、ビショ濡れ。一緒にいたインタビュアーのワトソンさんも、通訳のアイアトンさんもずぶ濡れで、三人が大笑いする最高の映像が流れた。
その上の45-45はいまだ前人未到。大谷選手の達成の可能性が大いにあり、50-50もありかもと期待が高まる。
彼のエンジェルスからドジャースの移籍契約は、10年間で1000億円という野球史上最高の契約額。誰でも一刻も早く報酬を受け取りたいはずだ。ところが、彼はその9割を10年後に受け取る条件をつけた。正気の沙汰か、何か裏で企んでいるのではないかという憶測さえ流れる始末だった。お金がすべての米国社会で非常識極まりない条件だ。それは彼の目標がお金ではないからだ。ワールドシリーズで優勝すること、最高の記録を残すこと。お金で安心は得られるが、幸せは自分の手で成し遂げてつかむもの。彼のこの信念はぶれない。
巷では、入団1年目にしてドジャースはすでに契約金の元手を十分に回収済みだといわれている。球団の収入は試合の放映権、広告料、入場料、グッズの売上。大谷効果はビジネスにも大いに貢献し、大谷現象は野球界全体にも好影響を与えている。
人類未踏の成績を残すのは、本人の身体能力と精神の力だけ。大谷の計算され尽くした食生活、徹底的な自己管理は、栄養管理の元祖といわれたダルビッシュ投手にさえ、「あれだけやればあんな成績になるのも当然だよな」と言わしめた。100年に1人の逸材が、何年もかけた練習量であの身体と野球能力を作り上げた。前人未到の領域まで行ってみるのが彼の目標で、挑戦こそが彼に幸せを与える。それは今しかできない。1人の若者の挑戦する姿を我々は見守っている。
フィールドに立ったら彼は一人ぼっちだ。誰も助けてくれない。宮沢賢治の地元、花巻の青年はぶれない夢を追いかける。
大谷翔平選手、がんばれ!
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