第11回 光と影のあいだ

文&写真/樋口ちづ子(Text and photos by Chizuko Higuchi)

 今我が家の庭はむせかえるようなジャスミンの香りが渦巻いている。コの字型の垣根に這わした可憐な小花たちは、白い額縁のようだ。庭に出ると真綿のような太陽が肌にまつわりつく。まだ、芽を吹き出したばかりのイチジクの枝に、胸が黄緑色の野鳥が飛んで来た。青空に向かってさえずる。「春だよ、春が来たよ」空気を震わせこだまする。すると、あちらこちらから、鳥たちが歌い返す。裸の自分にもどれる私の「秘密の庭」だ。

 一方、ニューヨークなどの東海岸では記録的な低温が続き、猛吹雪に襲われている。朝は車庫から車を出す為の雪かきから始まるとフェイスブック友達の報告を見れば、彼らの生活を疑似体験できる。ハドソン川も凍った。泳げずに氷の上で風雪に頭をたれて耐えるダックの群れ。裸足の足元が寒そうだ。友人がフェイスブックに載せた写真には、雪に埋もれた裏庭についたウサギの足跡が写っていた。「動物たちはこんな寒さのなかでもどこかで大丈夫なのだな」と、この友人は安心すると言う。

 世界は広い。今、同じ時に、天国のような所もあれば地獄のような所もある。土地がちがえば気候もちがう。その土地の自然に耐えて生きる時、生活の知恵として 一つの考え方ができてくる。善悪も美醜の尺度もその土地から生まれたもの。人の思考や感覚は、住んでいるその土地の閉塞性に縛られている、とも言える。

春の到来を告げるジャスミンの花

春の到来を告げるジャスミンの花
Photo © Chizuko Higuchi

 夫の故郷は新潟県の長岡市である。豪雪で有名な土地だ。雪に閉ざされる小千谷市では、雪原に着物の反物になる生地を広げて干し、自然のちぢみ布を作る。この反物が人々の生計を支える。結婚祝いに義母からもらったのは灰色がかった水色の小千谷ちぢみの反物だった。灰色でもない、水色でもない、複雑な色合いはひどく気に入った。目にやさしい。肌にやさしい。母が仕立ててくれたこの着物は、日本では評判がよかった。着る人を引き立ててくれた。

 ところがその着物をアメリカに持って来て、あっと、驚いた。濁った汚い灰色に変わってしまったのだ。「どうしてだろう」考えあぐねた末にわかったが、ここの光が強すぎて、微妙な色合いを殺してしまったのだった。この着物を着ることがなくなった。

 その後、フランスに旅した時のことである。2週間の短い滞在だけれど、まるでパリジャンのように過ごしたかった。留学していた知人に頼んだ。「パリの人達の日常が見れる安ホテルを見つけてほしい」と。エッフェル塔近くの細長い4階建てのホテルを探してくれた。3階の部屋の窓からは、まだ暗い早朝から、通勤する人々が地下鉄に急ぐ姿が見下ろせた。皆、灰色の地味な服装だ。隣のビルの1階はグローサリーだった。米国のスーパーに較べれば、店内も品数も見劣りする。質素だ。しかし、食品は加工しない自然の美味しさがある。街角を1ブロック曲がれば市場が立ち、夕方勤め帰りの人たちがお惣菜を買っていた。夜遅くまでカフェもひらいていた。店内が狭いので、歩道にまでテーブルを出して、食事する。まるで、ゴッホの絵の世界そのものだった。

 毎日セーヌ川沿いを歩いて市内見学し、ショーウインドーに飾られたファッションも数々のぞいた。そこにあったのはなんと日本の色そのものだった。灰色がかったピンク、少し色合いを感じさせる灰色、もえぎ色。なつかしい日本の色だ。そういえば街全体もなんとなく灰色がかっている。

 空を見上げればいつも雲がかかっていた。時々、小雨がぱらつく。その後に太陽が差し込む。白いスクリーンを通した様なこの光の中で繊細な色が見分けられた。人々の灰色の服は微妙に色合いが違って、灰色の街と調和していた。

 カリフォルニアの光は強い。強い光に慣れすぎて、光と陰のあいだの微妙な灰色の幅を見分ける「柔らかな目」を失いつつあるかもしれない。

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樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

樋口ちづ子 (Chizuko Higuchi)

ライタープロフィール

カリフォルニア州オレンジ郡在住。気がつけばアメリカに暮らしてもう37年。1976年に渡米し、アラバマを皮切りに全米各地を仕事で回る。ラスベガスで結婚、一女の母に。カリフォルニアで美術を学び、あさひ学園教師やビジュアルアーツ教師を経て、1999年から不動産業に従事。山口県萩市出身。早稲田大学卒。

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