第37回 ブドウ農家がつくるワインだから、出所も質も安心か?
文&写真/斎藤ゆき(Text and photos by Yuki Saito)
- 2016年2月3日
先日、業界の友人と激論を交わした。友人曰く。「このAAワイン(40ドルのピノノワール)は彼らの畑でブドウを耕し、オーナー自らが醸造をしているから、100%自社畑のピノで作っている純正なワイン」。これに対するこちらの反論は、「ピノなのに色が濃すぎ、しかももったりとした甘味が不自然で、ピノ独特の切れ味もない。他品種のブドウ、例えばプチシラーが混ざっているのは一目瞭然」。すると「彼らの畑にはプチシラーは植えられていない。だから、それはあり得ない」との答え。そこで、まずワインビジネスの基本を話す羽目になった、、、。
要は、よそ(ブドウ農家やスポットマーケット)から買うブドウと、自分が栽培したブドウを比べた場合、自社栽培のブドウを使った方が、コストを安く抑えられるという「思い込み」がある。ブドウの値段はその年の収穫量(ハーベスト)と、需要(ワイン生産量)の関係で、毎年大きく変動する。上記のAAワイナリーという大手のブドウ農家兼ワイナリーでも、自社で作ったブドウが高値を付ければ、他のワイナリーに売って利ざやを稼ぐし、自社ブランドのワインにも、他から安く買い付けたブドウを混ぜることは当然ある。それがワインビジネスだ。
例えば、このワイナリーのブドウ畑はピノが最高値をつけるロシアンリバーバレー(RRV)にある。1トン当たり5千ドルから6千ドルで取引される高級品だ。これに比べて、暑い内陸地で大量生産されるプチシラーは5百ドルから6百ドル、なんと10分の1で入手できる。このワインのラベルはピノノワールとなっているが、わざわざ100%と記していないので、法的には75%のピノが入っていれば、良い。勿論、ピノに白ブドウを混ぜることも許されており(本家本元のヨーロッパの伝統でもある)、ピノに酸味や香りを加える為にリースリングを混ぜることが良くあると聞く。ちなみにリースリングの1トン当たりの価格は、千ドル前後。まっとうなワインメーカーであれば、ブドウのコスト(原料費)をきちんと把握して、収益の出るワイン作りを行っている。さもなければ、ワイナリーの経営は成り立たない。
こう説明した後、更に何故そのワインが、他社のブドウを混ぜているかを経済的に推測した。市場価格が40ドルということは、業者に売るFOB価格は15〜18ドル程度であろう。これがAAの一本当たりの売り上げだ。ここから、畑でブドウを作るコストや蔵でワインを作る経費、そしてこれを売る為の販売、事務、人件費などをさっぴいて、やっと収益が出る。ソノマの名醸地のピノを100%使って、こんな値段が出せる訳がない。しかもこのワインはガラス瓶に自然コルクを打つという、一本当たり1ドルはかかる高級パッケージングだ。パッケージングにお金をかけるのにも、訳がある。全く同じワインを、消費者の為に値段を下げようと、テトラパックに入れても、売れるであろうか? こういう説明のあいだ中、そろばんを弾いていた彼は、渋々という感じで納得したようだ。
ちなみに、自社の持つ畑のブドウを100%使ってワイン作りをしているというメーカーは、世界でも稀である。広大な畑を保有していれば、必ず多数のワイナリーとブドウ売買契約を結んでいるし、ブドウ農家としての最速のキャッシュフローを確保するには、ブドウを売ることだ。ワインを作ってから売るとなると、回収に何年もかかり、リスクが高い。
ついでに言うと、AAワイナリーの畑のブドウは高品質で有名なワイナリーが多々買い上げている。同じブドウで作っているはずなのに、AAとそれらのワインでは、全く別物である。これも良くある話だが、、、。
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