海外教育Navi 第23回
〜特別支援が必要な子どもとともに渡米する場合〜〈前編〉

記事提供:『月刊 海外子女教育』(公益財団法人 海外子女教育振興財団)

海外勤務にともなう子育てや日本語教育には、親も子どもも苦労することが多いのが現状。そんな駐在員のご家族のために、赴任時・海外勤務中・帰任時によく聞くお悩みを、海外子女教育振興財団の教育相談員等が、一つひとつ解決すべくアドバイスをお届けします。

Q.特別支援の必要な子どもを連れてアメリカに赴任します。渡航前にしておくとよいことや現地で気をつけるべきことを教えてください。

言語や教育制度の異なる国にお子さんをお連れになるとき、学校のことはとても心配になりますね。アメリカでは特別支援教育は人権として公教育の中にしっかり根づいています。子どもの状態を測定するアセスメント(査定・検査)のツールの開発も、指導する技術もむしろ日本より進んでいて、特別支援教育に携わる専門職の職員が学校の中でも対応しています。

アメリカの全障害者教育法

アメリカでは特別支援教育は0歳から21歳まで保障されています。「全障害者教育法(IDEA)」に、①無償で、②適切な公教育を、③制約が最小限の環境で提供することがうたわれています。

指導の介入が「適切に」行われるためには、当然のこととしてお子さんの正確なアセスメントが必要です。適切な教育を保障しているということは、すなわち適切なアセスメントも学校が提供するということを意味します。

「制約が最小限」というのは、「かぎりなく通常の状態(特別なことを何もしない状態)に近づける」ことを意味します。私たちは支援について考えるとき、親切心から「これもあるといい」「あれもあるといい」と考えがちです。しかし、この法律で保障しているのは「ニーズにこたえる」ことであって「有益ならすべて提供する」わけではありません。ケチなように聞こえますが、じつはその子どもが「支援サービス」を理由に必要以上に隔離されてしまうことをこの制約によって防いでいるのです。

支援サービスの内容は、保護者も入って行う個別指導計画(IEP)会議で決定され、少なくとも年に1回は見直しが行われますし、必要がなくなればサービスは停止されます。この法律は連邦法なので、アメリカ国内どこの州でも同様のケアが受けられることになっています。

障害認定

アメリカの学校で特別支援教育の支援サービスを受けるには、受給資格の認定が必要です。アセスメントを行って、その結果に基づき先述のチーム会議で「障害認定できるかどうか」「認定できるとすれば13種類のカテゴリー(自閉症、聴覚障害、全盲+聴覚障害、情緒障害、難聴、LD、知的障害、重複障害、肢体不自由、その他の健康上の障害、言語障害、外傷性脳障害、全盲も含む視覚障害)のどれが最も適しているか」を決定します。

このカテゴリーは、かならずしも医学的診断というわけではなく、子どもの学習や学校適応がうまくいっていないおもな理由となるものを選びますが、のちの成長や変化によって、変更されることもあります。注意欠如多動性障害(ADHD)は「その他の健康上の障害」に分類されます。

ADHDー日本との違い

日本では医師によるADHDの診断に基づき特別支援学級に措置されたり、介助員がついたりする例をよく見聞きします。アメリカでは「ADHDの診断=障害認定=特別支援教育の対象」という図式にはかならずしもならず、たいていは試験の時間延長、注意の喚起、身体を動かすニーズへの対応などの環境調整で対応します。

「日本で個別の介助員がついていたのでアメリカの学校でもつけてほしい」と要求する保護者がときどきいますが、アメリカではADHDという診断だけで容易に個別の介助員がつくことはほとんどありません。身体的・行動的な問題があり、介助員なしでは学校生活や学習に相当の支障を来す状態にある場合のみ配置されますので、それが明確に実証できなくてはなりません。「制約が最も少ない環境で」がここでも実行されているわけです。

個別の介助員がつかないからといっても、何も対応しないというわけではありません。その子どものニーズに合わせてさまざまな環境調整や支援を通常教育内でも提供します。なかには日本の学校では行われていなかったものも多くあることでしょう。支援のバリエーションが広がったと考えて試してみることをお勧めします。

ADHDの子どもは学習障害を持っている確率も高く、その場合、学習障害は特別支援教育の対象となります。

「第24回 〜特別支援が必要な子どもとともに渡米する場合〜〈後編〉」を読む。

今回の相談員
ニューヨーク日本人教育審議会・教育文化交流センター教育相談員
バーンズ 亀山 静子

ニューヨーク州公認スクールサイコロジスト。現地の教育委員会を通じ、幼稚園から高校まで現地校・日本人学校を問わず、家庭で日本語を話す子どもの発達・教育・適応に関する仕事に携わる。おもに心理教育診断査定、学校のスタッフや保護者とのコンサルテーション、子どもの指導やカウンセリングなどを行う。

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公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

ライタープロフィール

昭和46年(1971)1月、外務省・文部省(現・文部科学省)共管の財団法人として、海外子女教育振興財団(JOES)が設立。日本の経済活動の国際化にともない重要な課題となっている、日本人駐在員が帯同する子どもたちの教育サポートへの取り組みを始める。平成23年(2011)4月には内閣府の認定を受け、公益財団法人へと移行。新たな一歩を踏み出した。現在、海外に在住している義務教育年齢の子どもたちは約8万4000人。JOESは、海外進出企業・団体・帰国子女受入校の互助組織、すなわち良きパートナーとして、持てる機能を十分に発揮し、その使命を果たしてきた。

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