海外教育Navi 第93回
〜日本人としてのアイデンティティを構築する〜〈前編〉

記事提供:月刊『海外子女教育』(公益財団法人 海外子女教育振興財団)

海外勤務にともなう子育てや日本語教育には、親も子どもも苦労することが多いのが現状。そんな駐在員のご家族のために、赴任時・海外勤務中・帰任時によく聞くお悩みを、海外子女教育振興財団の教育相談員等が、一つひとつ解決すべくアドバイスをお届けします。


Q.海外に長く住んでいて、子どものアイデンティティが心配です。日本人として育ってほしいのですが……。

はじめに

帰国生から、

「学校で自分の意見や考えを求められたとき、真っ先に手を挙げたが、ほとんどの子が手を挙げないので不思議だった」

「教室を掃除するとき、何をすればよいかわからなくて困った」

「部活に入ったら、先輩後輩の上下関係が厳しく、とても窮屈に感じた」

といった話を聞くことがあります。こういった体験は、幼いころから長期にわたって海外生活を送り、現地校やインターナショナルスクールで学んでいた子どもが帰国後、学校生活を始めたときによく直面することがらではないでしょうか。

何が問題なのか

海外生活が長ければ長いほど現地や学校の文化・習慣になじんでいるため、日本の学校に違和感を持つのは当然です。

小学校の中学年ぐらいまでに帰国した子どもは、最初に違和感があったとしても、少しずつ日本の生活・ことば・学校文化に慣れていき、次第に違和感も薄れていきます。

しかし小学校の高学年から中学校・高等学校と思春期を迎える時期に帰国した場合は、たとえ日本の学校文化に慣れたとしても、違和感が残ったままになり「自分は何者なのか、何人なのか」という葛藤が生じることがあります。

つまり自分自身のアイデンティティに対する疑問や不安、揺らぎが出てくるのです。私は、それがいちばんの問題だと考えます。

アイデンティティとは

アイデンティティを日本語に訳すと「自己同一性」や「帰属意識」といった難しいことばが出てきますが、わかりやすく「自分らしさ」といわれることもあります。

ある本によると「アイデンティティ」は、「三つ子の魂百まで」といわれるように幼児期(0〜8歳)から身につきはじめ、感受期(9〜14、15歳)において「自然、地理、気候、文化、民族、宗教、言語、家族、対人関係等」さまざまな環境のもとで、出会いや体験、行動を通して獲得されます。自分が「○○人」であると確認する原型がこのようにしてつくられていきます。

ですから、幼児期から長期にわたって海外で暮らす子どもたちが、現地の自然や文化、ことばの影響を強く受けながら育てば、当然、日本で生まれ育った子どもたちとは異なった考え方や感性を持つことが想像されます。日本国籍を持ち容貌が日本人だとしても、中身は外国人となる可能性があるということです。

日本とは、日本人とは

そもそも日本とはどういった国なのでしょうか。「日本」から連想されることがらを思いつくまま挙げてみましょう。

「日本語、漢字、ひらがな、かたかな、四季、梅雨、富士山、桜、城、神社仏閣、温泉、寿司、すき焼き、武士、剣道、柔道、空手、茶道、わびさび、習字、着物、アニメ……」

言語、自然、食、文化、芸術などに関するさまざまなことばが出てきます。また日本人のイメージとしては、「勤勉、礼節、尊重、おくゆかしさ、おもてなし」などというのも浮かびます。

一般的には日本語を話すことができ、日本の自然、食、文化、芸術等に接し、和の精神を持っている人が日本人、ということになるでしょうか。

→「第94回 〜日本人としてのアイデンティティを構築する〜〈後編〉」を読む。

今回の相談員
菅原 光章

1979年から奈良県の公立小学校に勤務する。1983年より3年間、台北日本人学校へ赴任。帰国後は奈良市立小学校に勤務、教頭・校長を歴任する。また奈良県国際理解教育研究会の会長を務めた。退職後、奈良県教育振興会理事並びに同志社国際学院初等部の教育サポーターを務める。2016年4月より海外子女教育振興財団の教育相談員。

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公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

公益財団法人 海外子女教育振興財団 (Japan Overseas Educational Services)

ライタープロフィール

昭和46年(1971)1月、外務省・文部省(現・文部科学省)共管の財団法人として、海外子女教育振興財団(JOES)が設立。日本の経済活動の国際化にともない重要な課題となっている、日本人駐在員が帯同する子どもたちの教育サポートへの取り組みを始める。平成23年(2011)4月には内閣府の認定を受け、公益財団法人へと移行。新たな一歩を踏み出した。現在、海外に在住している義務教育年齢の子どもたちは約8万4000人。JOESは、海外進出企業・団体・帰国子女受入校の互助組織、すなわち良きパートナーとして、持てる機能を十分に発揮し、その使命を果たしてきた。

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