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海外教育Navi 第94回
〜日本人としてのアイデンティティを構築する〜〈後編〉
記事提供:月刊『海外子女教育』(公益財団法人 海外子女教育振興財団)
- 2022年2月15日
海外勤務にともなう子育てや日本語教育には、親も子どもも苦労することが多いのが現状。そんな駐在員のご家族のために、赴任時・海外勤務中・帰任時によく聞くお悩みを、海外子女教育振興財団の教育相談員等が、一つひとつ解決すべくアドバイスをお届けします。
Q.海外に長く住んでいて、子どものアイデンティティが心配です。日本人として育ってほしいのですが……。
前回のコラムでは、アイデンティティがどのように築かれるのか、日本人とは何かについてお話ししました(前回記事へ)。今回は、日本人として育てる際のポイントをご紹介します。
日本人として育てるには
子どもに対して「日本人として育ってほしい」と願うのであれば、それをかなえるために「日本人として育てたい」という強い気持ちを持つことと、その手立てを考えることが大切だと思います。以下、その手立てについて述べていきます。
<日本文化等に触れさせる、体験させる>
「自然、地理、気候、文化、民族、宗教、言語、家族、対人関係等」さまざまな環境が日本人の原型を形成するうえで大きな影響力を持つわけですから、環境が異なる海外においては、可能な範囲で日本の文化等に触れさせてあげるのがよいのではないでしょうか。たとえば、現地での日本人コミュニティーが行う行事に参加するなど。
海外にある多くの補習授業校では、国語や算数・数学といった日本の教科学習だけでなく、日本の儀式的行事、体育的行事、文化的行事を行っています。それらは子どもにとって日本に触れるよい機会となります。
また一時帰国することがあれば、名所や史跡を巡るだけでなく、日本の学校に体験入学させてみてもよいでしょう。日本の学校に一度も通ったことのない子どもに、本帰国の前に日本の学校文化を体験させることができます。帰国先の地域で、お祭りなどの行事に参加するのもお勧めです。日本の四季を感じながら、日本の伝統文化・芸能を楽しんで学ぶことができます。
<日本の習慣を伝える、身につけさせる>
日本の習慣としてよくいわれることをいくつか挙げてみます。
- あいさつするときにお辞儀をする。
- 食事の際に「いただきます」や「ごちそうさま」と言う。
- お箸を使う。
- 食器を持って食べる。
- 「すみません」ということばをよく使う。
- 家に入るときは靴を脱いでそろえる。
- お風呂では湯船につかることを好む。
- 風邪や花粉症などでマスクを着用する。
これらの習慣のなかには海外での生活ではまったくそぐわないものもあるでしょう。無理やり海外生活に日本の習慣を持ち込む必要はありません。しかし、日本にこういった習慣があることを伝えてあげるのは大事なことだと思います。
そこには、日本独特の考え方や美意識が多分に反映されているからです。そして、「これはとても大切だ」と思われる習慣があれば、それがお子さんに自然と身につくように、まずは親御さん自身が手本となって実践するようにしてください。
余談ですが、いま、新型コロナウイルスが世界中に多くの被害を及ぼすなかで、日本人のマスク着用の習慣等が海外から大きく見直されているようです。
<日本語(母語)をしっかり習得させる>
異文化のなかで自己のアイデンティティを確立する際、言語が果たす役割や影響力はとても大きいといわれています。先のアイデンティティの説明で「帰属意識」ということばが出てきましたが、言語はその「帰属意識」を培います。さらに子どもの成長にとって重要な「価値観」も育みます。
お子さんを日本人として育てたいのであれば、母語となる日本語の習得は不可欠です。文化や習慣も、子ども自身が体験して学ぶだけではありません。親や友人などのことばから伝わることも多くあります。
また、日本の書物から文字を通して感じることも大切です。特に日本人の少ない地域に住んでいる子どもにとって、書物から得る情報はとても貴重です。そこに含まれる日本の息吹や精神との出会いは、日本や日本人を認識する大切な機会となるはずです。
<子どもに身につけてほしいことを明確にする>
「お子さんに日本人として育ってほしい」との願いには、日本人として大切にしてほしいこと、身につけてほしいことがあるのでしょう。仮に「勤勉さ」や「謙虚さ」だとしたら、それを親御さんがしっかり意識することです。そうすれば、親御さん自身の言動に自然な形で表れ、かならずお子さんに伝わっていきます。
ただ、すぐに結果を求めてはいけません。精神的なものは、しっかり身について表面に表れるまでには時間がかかるのです。
そしてお子さんの言動のなかに、大切にしてほしいことが少しでも垣間見えたら、すかさず褒めてあげましょう。それが、複数の言語や文化のなかで必死にがんばっている子どもたちに「自己肯定感」や「自尊感情」を育み、心の安定や成長を促します。
大切なこと
冒頭で、海外で暮らす子どもたちのアイデンティティにおけるいちばんの問題は「自分自身のアイデンティティに対する疑問や不安、揺らぎが出てくること」と記しましたが、それを乗り越えることができれば、その経験がお子さんにとって大きな力となることも違いありません。
いま、社会は目まぐるしく変化しています。複数の言語が話せ、多様なものの見方ができる子どもたちはこれからの日本において、いえ、世界において大きな役割を担っていくことでしょう。日本人という概念を超えて、より広くグローバルな視点で子どもを見ること、育てることもまた大切だと考えます。
終わりに
現在のコロナ禍にあって、海外で暮らす多くのかたが、感染やお子さんの教育等、さまざまな不安を抱えながら過ごされていることと思います。大きなピンチかもしれませんが、ご家族の絆をいっそう深めるチャンスでもあります。親子で過ごす時間や会話をいままで以上に大切にしてください。
コロナウイルスが収束する日はかならずやってきます。それまでどうか前向きな気持ちを忘れずに。
菅原 光章
1979年から奈良県の公立小学校に勤務する。1983年より3年間、台北日本人学校へ赴任。帰国後は奈良市立小学校に勤務、教頭・校長を歴任する。また奈良県国際理解教育研究会の会長を務めた。退職後、奈良県教育振興会理事並びに同志社国際学院初等部の教育サポーターを務める。2016年4月より海外子女教育振興財団の教育相談員。
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